ブレーキを減らすことで疾走速度は高まるか?

☆疾走中はブレーキと加速の繰り返し

 

スプリント走の足の接地局面では、必ずブレーキと加速を伴います。

 

足が地面に接地された瞬間、自分の体にはブレーキがかかり、一旦減速します。

 

その後、足の接地位置よりも身体重心が前方に移動していくことではじめて、身体を加速させることができるのです。

 

 

 

 

 

 

 

さて、この接地時のブレーキというのは、高いスピードを獲得することが求められる短距離種目、スピードを長く維持し続けなければならない長距離走においても、あまり良くないイメージを持つことが普通なのではないでしょうか?

 

 

 

ブレーキを少なくすることで、身体はさらに加速することができ、より速く走ることができるだろうという考えを元に、「できるだけ、身体の真下付近に接地する」という指導は多く見受けられます。

 

 

 

 

結論から言えば、このような指導の方向性は間違ってはいないでしょう

 

 

ただし、やり方を間違ってしまうと、逆におかしな走りになってしまう、させてしまう可能性は十分にあると考えられます。

 

 

ここでしっかりと「走りと接地時のブレーキ動作、加速動作」を理解して、スムーズな走りのイメージ、指導方法について考えていきましょう。

 

 

 

 

 

☆疾走速度と接地・離地位置、ブレーキとの関係

 

まず、次のような研究があります。

 

「最高疾走速度と接地期の身体重心の水平速度の減速・加速 : 接地による減速を減らすことで疾走速度は高められるか(福田ほか,2004)」

 

 

ここでは、

 

・最高疾走速度と接地位置、減速に有意な相関関係はなく、ほぼ一定の値を示した。

 

・最高疾走速度の高い選手ほど、短時間で大きな減速力と加速力を生み出していた。

 

 

→これらのことから、疾走速度はブレーキを少なくすることで高まるのではなく、高いスピードで後方に移動する地面に対して、短時間に大きな加速力を発揮できる能力によって決定される。

 

 

と、結論付けられています。

 

 

 

 

 

 

高いスピードで走っている選手は、接地時間が短くなる傾向があるため、短い時間で大きなブレーキと加速力を生み出していることは、当然と言えば当然です。

 

 

そして、速く後方に動く地面に対して、十分な加速力を短時間で発揮できる能力の高さは、物理的にも、この研究からも示されるように、高いスピードを獲得するために重要だと言えるでしょう。

 

 

さらに、ここでは接地位置やブレーキの量は疾走速度に関係が無いとされています。

 

 

 

これだけ読めば、接地位置やブレーキは選手特有のものであり、むやみに操作するべきではないと、捉えてしまう方も多いはずです。

 

 

しかしこの研究には以下のように、いくつかの問題点もあるのです。

 

 

 

 

@疾走速度との関係しか見ていないため、「速い」と「上手い」の区別がない。

 

 

短距離走では、効率の良い動きだけではなく、様々な体力要素が疾走速度に関係しています。

 

 

したがって、どれだけ「上手い走り」をしている選手でも、身長が高く、筋力、パワーに富んだ「下手な走り」の選手に負けてしまうことが容易にあり得るのです。

 

 

 

 

 

 

このことから分かるように、上の研究だけで、「接地位置やブレーキは操作してはならない」と言い切ることはできなくなります。

 

 

 

 

 

A下肢の長さが考慮されていない

 

この研究では、接地位置を選手の身長で除すことで、体格による差を解消しようとしています。

 

しかし、実際選手の中には、脚の長い選手や短い選手がそれぞれ含まれている可能性は大いに予想できます。

 

 

同じ身長であっても、脚の短い選手は重心に近い位置に接地することになりますし、逆に脚の長い選手は重心から遠い位置に接地する傾向はあるでしょう。

 

したがって、疾走速度と接地位置やブレーキに相関が出づらいことは当然のこととなります。

 

 

 

 

☆最大無酸素パワーが等しいが、疾走速度が異なる選手の走動作の差

 

丸山ほか,(1985)の研究では、無酸素パワーという体力要素が揃った条件下で、疾走速度が異なる選手の動作について分析がなされています。

 

無酸素パワーとは、短時間でどれだけ大きなパワーを出すことができるかの一つの指標です。

 

この無酸素パワーが同程度で、最大スピードが異なる選手の動作を比較すれば、走動作の「上手さ」を見出すことができると考えたわけです。

 

 

ここでは、

 

接地の瞬間、身体重心ー膝ー地面のなす角度が大きいほど、また、足首ー身体重心ー膝のなす角度が小さいほど、疾走速度が高かった。

 

接地期中盤(重心が最も下がった時)の前後の大腿部の角度が大きいほど、疾走速度は高かった。

 

接地期中盤から離地にかけて、腿上げ角度の変化が小さいほど、疾走速度が高かった。

 

接地期中盤での膝関節、足関節の角加速度は、疾走速度が高い群で有意に高値を示し、特に足関節においては2.6倍も高かった。

 

これらのことをまとめると、走りが上手いであろう人の特徴は、

 

脚全体がやや伸びた状態で、重心の真下に近い位置に接地している。

 

接地の瞬間から支持期中盤までの、遊脚(前に運ぶ脚)のスイングが速い。

 

足関節のパワーを上手く発揮できている。

 

と、考えることができます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に例を挙げた、福田ほか,(2004)の主張とはやや異なることが分かるでしょう。

 

 

しかし、この研究では地面反力についての考慮はなされていません。

 

 

実際にブレーキが少なくなっているかどうかは定かではありませんが、福田ほか,(2004)の、「短い時間でブレーキをかけ、高い加速力を得る」という主張と合致する部分もあります。

 

 

 

 

☆エリートスプリンターの加速局面における地面反力

 

Morin et al.,(2015)は、100m走の世界一流選手と、一般トップ選手(9.86ー10.60)について、加速局面の地面反力の違いについての報告をしています。

 

 

最大スピードに達すると、空気抵抗などの要因を除けば、接地中の減速と加速が必然的に等しくなります。

 

よって、最大スピードに達するまでに、どれだけ加速力を得ることができるかが重要なポイントとなります。

 

 

 

 

この研究では、スタート後40mの加速区間での水平方向のブレーキと加速についてみています。

 

要約すると、

 

世界一流選手は一般トップ選手と比較して、スタート後3歩目までの、接地中の推進力が大きかった。

 

・世界一流選手は一般トップ選手と比較して、9歩目から11歩目付近のブレーキが少なかった。

 

 

 

 

 

 

これらのことから、ブロッククリアランス直後の数歩では、大きな加速力を獲得できる能力が、2次加速に差し掛かる付近では、減速が大きくならないような能力が重要であることが示唆されています。

 

 

 

 

 

☆トップスピードを高めたいなら、加速局面に着目すること

 

トップスピードに達してから、接地のブレーキを減らそうと試みることは、運動時間を考えても、疲労で速度が落ち始めるタイミングになっているので、大変的はずれな試みであると言えます。

 

 

重要なのは、そこに達するまでの加速区間で、いかに必要最低限のブレーキで、遊脚のスイングも上手く使いながら加速力を得られるかだと考えられるでしょう。

 

 

 

しかし、それを実現させるためのアプローチは人それぞれであり、どのような課題があるかは、自身で判断して解決策を探らねばなりません。

 

 

 

骨盤が過度に後傾していたり、猫背がひどい場合など、重心より後方に脚全体を送り出せづらくなる可能性がある時は、関節周りの筋肉の機能、姿勢から改善させていかなくてはなりません。

 

短い時間で姿勢を保つための最小限のブレーキをかけるにしても、それを可能にする筋力発揮能力がなければ、それを鍛えなければなりません。

 

 

 

選手としても、コーチとしても、その特徴をいかに見出して、適切な解決策を考え出せるかが、競技力向上のキーポイントになると言えるでしょう。

 

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