高い速度域ではピッチの増加が重要
人間が速く走ろうとするとき、ピッチとストライドはどのような関係にあるのでしょうか?下の図は、個人内で速度を変化させ走らせたとき、ピッチやストライドがどのように変化していくかを表したものです。
速度が低いときはストライドの増加が疾走速度の増加に強く関係しています。しかし、高速度領域になるにつれて、ピッチの増加が強く関係してきます(あくまで個人内)(Mero & Komi,1985;Dornほか,2012)。
また、最大よりも主観的な努力感がやや低い領域では、全力疾走をしているときよりもストライドが大きい傾向があります(村木,1999;伊藤ほか,2001)。これは意外に感じる人が多いのではないでしょうか?ウサインボルトも、世界記録樹立レースよりも、予選で流しているときの方が大きなストライドで走っているかもしれません。
このように、個人内で速度を変化させていった場合、最高速度付近の速度にはピッチの高さがより貢献しているようです。
試合では練習時よりさらに高いピッチが引き出せる?
レースでは練習時と違って、選手のモチベーションや集中力、覚醒度合いもかなり高くなっており、普段よりも高い速度で走ることができると予想されます。
先ほど、個人内で速度を変化させると、高速度領域ではピッチの増加が貢献していることを述べました。
では、レース時のような高いレベルの覚醒状態で、普段より高い速度で走った時はどうなるのでしょうか?普段よりもピッチが高い走りになるのか、それともストライドが広い走りになるのでしょうか?
この疑問に取り組んでいるのが、Otsukaほか(2016)の研究です。この研究では、練習時の60m走と公式レースの100m走を比較し、疾走速度やピッチ、ストライドの違いを調べています(どちらも分析は50mまで)。
その結果、レースでは練習時よりも高い疾走速度を獲得できており、ストライドは変わらず、主にピッチの向上がみられました。このことから、やはり同じ全力疾走をするにしても、レースでは普段よりも高い速度を引き出せていること、そしてそれにはピッチの向上が関係していることが分かると思います。
このピッチを決定する要因は2つあります。それが接地時間と滞空時間です。地面に足がついている時間が接地時間、地面から足が離れている時間が滞空時間です。ピッチを高めるためにはそのどちらかを短縮させる必要があります。
この研究において、練習時に対するレースでの疾走速度の向上度合いがより高かった選手ほど、滞空時間を短くできていました(接地時間も短縮していた)。
滞空時間を短くできるということは
滞空時間を短くできるということは、上にぴょこぴょこと跳ねるような走りではなく、前へ前へ高いピッチで滑っていくような、上下動の少ない走りができるということになります。
図のように、接地中に身体が進む方向をより前に向けることで、高い速度を得ることができます。しかし、必然的に滞空時間は短くなるので、次の接地に間に合うように素早く動作を切り替えなければなりません。こういった状況下で素早く動作を切り返すためには、高いスピードで走っている中で非常に大きな筋力発揮が求められます。
すなわち、高い集中力、緊張感が必要です。公式レースはそれらを実現するのにうってつけの場所とも言えるでしょう。
レースでの疾走速度を練習で出そうとするはなかなか大変なことです。高い集中力で全力疾走を行い、ワンランク上のピッチを出す、それに関わる筋肉を刺激する、という意味では「公式レース」は最高のトレーニングとも言えるのではないでしょうか?重要なレース前のトレーニング計画に、何度か公式レースを挟んでおくことは非常に有効な戦略になるかもしれません。
ピッチを高めるトレーニング+考え方について、動画で紹介しています。