腕振りの役割

「腕はどのように振ったら良いのか?」

短距離走の選手であれば、誰しも一度は考えることでしょう。

腕振りに関しては、選手としても指導者としても、様々な考え方が存在します。

以前、Twitterを使って次のようなアンケートを行いました。

 

 

 

 

 

この結果から言えることは、

・様々な意識で腕振りを行う人がおり、明らかに特定の意識に偏ることはなさそう…

ということです。

 

 

 

腕の振り方については、基本的な理論が確立されているとは言い難く、統一した指導方法というのは存在しないのが現状です。

「腕は後ろに引く意識でやるべき!」

「腕は前に振る意識が良い!」

 

 

 

と、一概にそれが正解かのように語るのは無理があると言えます。

 

 

 

とは言っても、腕振りの「目的地」について、明らかになっている点もいくつかあります。

 

 

 

したがって、その腕振りの目的地を理解することは、「個人の腕振りの意識を創造する」ために大変重要な意味を持つわけです。

この腕振りに関しても、目的地をしっかりと理解して、より合理的な意識を探っていきましょう。

 

 

 

 

腕を振らなかったらどうなる?

腕振りの重要性を確認するためによく用いられる方法として、「腕を振らずに走る」があります。

 

腕を振らずに走ると、上体が不安定になり、脚にもあまり力が入りづらくなるような感覚が得られるようです。

 

 

 

腕を振らずに走った時と、いつも通り走った時の違いとして、

 

・疾走速度が低下する

ピッチとストライドの低下によるもの

普段走る練習している選手はストライド低下、特に運動していない人はピッチ低下によるもの

 

・接地に向かう時、膝下が伸びるようになる

 

・接地距離が長くなり、離地距離が短くなる

 

 

などが挙げられます。

 

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?

 

人は、速く走れば走るほど、長くて重たい脚を前後に素早く振り回すことになります。

 

ここで腕を脚とは逆方向に振らなかったら、上半身は脚の動きにつられて大きくブレてしまいます。

 

つまり、速く、力強く脚全体をスイングして、地面をキックし、かつ上体を前方向に保つには、上体をうまく使って、それと同じくらいの力を逆方向に生み出さないといけないわけです。

 

 

そのため、腕振りをしなければ、地面に強い力を伝えにくくなるのです。

 

肩と腰のネジれ

 

腕振りに関して、疾走中の腰と肩のネジれに関する研究(山田ほか,1986)があります。

 

 

ここでは、

・肩のネジれは腰のネジれに先行し、疾走速度が上がるほど、肩と腰のネジれは小さくなる。

 

・上腕の前後への腕振りは、肩のネジれに先行し、疾走速度が上がるほど、その差は小さくなる。

 

・全力疾走時の接地時、支持足の反対側の腰は、支持足の腰よりも既に前にあり、腰が最もネジられる付近で離地する。

 

 

ということが示されています。

 

図で表すと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、

速く走ろうとすれば、腰、肩、腕の動きのタイミングの差が小さくなる。

速く走ろうとすれば、接地は反対側の腰より前であったのが、腰の下に引き込むように変化する。

ということです。

 

 

 

 

したがって、

腰と、腕を大きくネジって、大きなストライドで走ろうとすることは、結果的にピッチもストライドも伸ばせない走りになってしまうと言えます。

 

 

大きく、力強い脚全体の動きを妨げないためには、この前後への腕振りはもちろんのこと、肩や腰の前後の動きの同調が大切になってきます。

 

 

 

 

 

 

勘違いして、腰と肩が逆方向に大きくネジられる間延びしたバウンディングのような走りにならないように注意必要です。

 

縦方向の動きの強調?

 

さらに考えられる腕振りの役割として、「鉛直方向の地面反力を増やす」ことが挙げられます。

 

 

体重計に乗ったまま、腕を振り下ろすように降ると、体重が少し重くなるように針が動きますよね?

 

この力を使って、地面に大きな力を伝えます。

連続ハードルジャンプや垂直跳をするときに、後ろから前へ腕を振り下ろすようにスイングすると、高く跳べるのと同じ要領ですね。

 

 

 

接地の瞬間に、地面に大きな力を伝えることができれば、脚の腱に大きなエネルギーを蓄えることができます。     「切り返し運動@」     「切り返し運動A」

 

この力を利用することで、効率的に自分の身体を前へ運ぶことができます。

 

また、世界一流スプリンターのフォーム分析(阿江,2012)において、「接地から支持期中間まで、両腕は下方に振られ、地面鉛直方向の反力を高めるのに役立っている。」としています。

 

スプリントは、素早い片脚跳躍の連続です。短くなっていく接地時間のうちに、より大きな力を地面に伝えるためには、この縦方向への腕振りは重要だと言えます。

結局どう腕振りしたらいいの?

 

ここまで述べてきたように

 

・力強く、素早い下肢の動きを妨げないこと

・地面反力を大きくできること

 

主にこの2点を見逃さないようにすれば、大幅に間違った腕振りをすること、指導してしまうことはないと考えられます。

 

 

ですが、意識=力を入れるといった意識の仕方であれば

 

「上意識の前への腕振り」

「上意識の後ろへの腕振り」

 

は、少々危険かもしれません。

 

 

「スプリント中の下肢筋群の働き方」で、脚の動きと力発揮に付いて紹介もしましたが、腕も同様で、

 

腕が身体より前にある時点で、前へではなく、後ろへの腕振り(の力発揮)を開始していなければ、腕振りのタイミングが遅れ、間延びした走りになってしまう可能性があります。

 

 

腕が身体より後ろにある場合も、すぐに体幹部に引き付けるような力発揮を開始していなければ、腕振りが遅れる可能性は大きいです。

 

したがって、明確な目的がない限りは、意識的に力を入れるのは、体幹部に引き付ける時の動きのみにした方が好ましいと言えるでしょう

 

 

走りのタイプと腕振り

実際に腕振りの模索をするとき、「前へ振る」「後ろへ振る」「下意識の前」「上意識の前へ」と、どれか1つの意識に絞って取り組む方が、練習しやすいことでしょう。

一度に何項目もの意識を持って練習することは現実的に難しいです。

 

 

スプリンターの中にも、「後ろから前へがしっくりくる!」という選手や、「前から後ろへの意識がタイミングが合いやすい!」という選手など、様々存在します。

縦方向の動きの意識も加わるとなおさらです。

 

 

ですので、一概に「〇〇のように腕を振れ!」と示すことはできません。

 

 

ピッチ型の選手、ストライド型の選手、大柄な選手、小柄な選手…など、選手、走りのタイプは様々で、そのタイプを活かした腕振りの意識を模索することが重要です。

 

 

以下は感覚的な話になりますが、

 

・ピッチ型の選手であれば、腕を後ろから下へ力強く振り下ろすように意識すると、鉛直方向の力は大きくなるものの、腕振りのタイミングが遅れ、自身が持つピッチに腕振りが追いつかなくなるかもしれません。

 

・大柄で腕脚が長く、まだ筋力に乏しい選手であれば、コンパクトに腕を素早く引くだけの意識がスピードを引き出してくれるかもしれません。

 

・筋量が多く、少し長めの接地時間での力発揮に優れている選手であれば、後ろから下へ振り抜く意識の方が、持ち味のストライドを活かした走りになるかもしれません。

 

 

「腕振りはどんな意識がいい?」

という質問に対して、できるだけシンプルに答えたい気持ちもあります。ですが、やはり万人共通の有益な感覚的表現というものは限られ、自身や選手の特徴と腕振りの目的を整理して、都合のいい意識を考えていく必要があります。

 

日々、自身の動きや感覚を照らし合わせながら腕振りの試行錯誤を繰り返していってみてください。

 

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