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速く走るための腕振りの役割―腕を振らないなんてあり得ない―

腕振りの役割

 

「腕ってどう振ったら良いんですか?」

 

陸上選手であれば、誰しも一度は考えたことがあるトピックでしょう。走るという動作は、下半身だけでなく上半身もフルに使って行うものであるということは、経験的にも分かることのはずです。

 

そこで以前、Twitterを使って次のようなアンケートを行いました。

 

 

 

 

 

このアンケート結果から言えることは…

 

・様々な意識で腕振りをする人がおり、明らかに特定の意識に偏っていることはなさそうだ。

 

ということです。

 

実際に、腕の振り方についてはその重要性が認識されているものの、その見解、指導方法が統一されていないというのが現状だとされています(比留間と苅山,2019)。

 

したがって、「腕は後ろに引く意識でやるべき!」「腕は前に振る意識が良い!」「肘は固定した方が良い!」「大きく振る方が良い!」と、一概にそれがすべての人にとっての正解のように語るのは無理があると言えるでしょう。

 

とは言っても、腕振りの「役割」「目的」について、明らかになっている点もいくつかあります。なので、その腕振りの目的地を理解することは、「個人の腕振りの意識を創造する」ために大変重要な意味を持つと考えられます。

 

そこでここでは「何で腕を振る必要があるのか?」「ある腕の振り方にはどういうメリットとデメリットがあるのか?」など、その目的地や特徴をしっかりと理解して、より合理的な意識を探っていくこととします。

 

 


腕を振らなかったらどうなる?

 

腕振りの重要性を確認するためによく用いられる方法として「腕を振らずに走る」ことが挙げられます。

 

おおよそイメージできるかもしれませんが、腕を振らずに走ると上体が不安定になり、脚にもあまり力が入りづらくなるような感覚が得られます。この腕を振らずに走った時と、いつも通り走った時の違いとして、前田と三木(2010)の研究では次のように紹介されています。

 

・疾走速度が低下する(足が遅くなる)
※普段スプリント練習をしている選手はストライド低下、特に運動していない人ではピッチ低下による影響が大きかった。

 

・接地に向かう時、膝下がより振り出されるようになる。

 

・接地距離が長くなり(身体のより前方に接地)、離地距離が短くなる(身体の近くで足が地面から離れる)。

 

※前田と三木(2010)より作成

 

 

では、なぜ腕を振らなかったらこのように足が遅くなってしまうのでしょうか?これについて以降では、腕振りの3つの役割に触れながら説明していきます。

 

 

腕振りの3つの役割

 

腕振りには「身体全体のバランスを保つ」「地面に大きな力を加える」「脚を素早く動かす」補助をする役割があります。

 

 

役割①「身体全体のバランスを保つ」

 

人は、速く走れば走るほど、長くて重たい脚を前後に素早く振り回すことになります。ここで腕を脚とは逆方向に振らなかったら、上半身は脚の動きにつられて大きくブレてしまいます。

 

つまり、速く力強く脚全体をスイングして地面をキックし、かつ身体全体の向きを前方向に保つには、上半身の捻りをうまく使って、それと同じくらいの力を逆方向に生み出さないといけないわけです。そのため、腕振りをしなければ、地面に強い力を伝えにくくなり、足が遅くなってしまうわけです。

 

 

 

役割②「地面に力を加える」

 

ハードルを連続でジャンプするとき、腕を後ろから勢いよく振り込むことで高く跳ぶことができます。これは経験的にも分かる人が多いはずです。垂直跳びや立幅跳びをするときにも、皆さん「大きく素早く腕を振り込む」ことと思います。

 

なぜ大きく素早く腕を振り込んだ方が高く跳べるかというと、大きく素早く腕を振り込むことで「地面に大きな力が伝わるから」です。体重計に乗ったまま、腕を振り下ろすように降ると、体重が少し重くなるように針が動きます。この振り子のような力を使って、地面に大きな力を伝えることでできるわけです。

 

 

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この力を利用することで、速く走っている際の非常に短い接地時間の間でも、効率的に自分の身体を浮かせることができるようになるわけです。実際に世界一流スプリンターのフォーム分析(阿江,2012)において、トップスプリンターの腕は「接地から支持期中間まで、両腕は下方に振られ、地面鉛直方向の反力を高めるのに役立っている。」とされています。

 

スプリントは、素早い片脚跳躍の連続です。短くなっていく接地時間のうちに、より大きな力を地面に伝えるためには、この素早い腕の振り込み動作は重要だと言えるでしょう。

 

 

 

役割③「脚や骨盤を動かす」

 

腕振りのパワーは下半身を素早く力強く動かすためにも役立ちます(深代ほか,2010)。例えば腕を前から後ろに振る力は、その側の骨盤や脚を前に引き出すのに役立ちます。

 

また、腕を後ろから前に振る力は、腿を下げやすくする役割や、その振り込み動作により前述の地面下方向に力を伝えたり、接地中に上半身を前に進める(=速く走る)ために貢献しています。

 

 

 

 

 

腕をパワフルに動かすことは、骨盤や脚などの下半身をよりパワフルに動かすための原動力とも言えることがわかるでしょう。そのため、脚を素早く力強く動かして速く走るためには、それに先行して腕をパワフルに切り返すような能力が必要になってくるのです。

 

 

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腕振りは大きければ大きいほど良いのか?

 

腕振りの役割はおおよそ理解できたとして、じゃあどんな風に腕を振るのが良いのでしょうか?これを理解するために、回りくどいですが「これでは良くなさそうだ…」となってしまうそうな腕振りについて考えていきましょう。

 

 

肩と腰(骨盤周り)の捻じれが大きくなりすぎる腕振りは良くなさそう

疾走中の腰と肩のネジれと、腕振りの関係性について調べた研究(山田ほか,1986)では、以下のこと指摘されています。

 

・肩のネジれは腰のネジれに先行し、疾走速度が上がるほど、肩と腰のネジれは小さくなる。

 

・上腕の前後への腕振りは、肩のネジれに先行し、疾走速度が上がるほど、その差は小さくなる。

 

・足が地面に着いたとき、反対側の腰は、支持脚の腰よりも既に前にあり、腰が最もネジられる付近で離地する。

 

 

図で表すとこんな感じになるはずです。

 

 

 

 

 

つまり、速く走ろうとすれば・・・

・腰、肩、腕の動きのタイミングの差が小さくなる(捻じれが小さくなる)。

 

・接地は反対側の腰より前であったのが、腰の下に引き込まれるように(または腰が乗るように)なる。

 

というのが、必然的に起きることになります。

 

したがって、腰と肩、腕を大きくネジって必要以上に大きなストライドで走ろうとしたり、足を大きく身体の前に接地して、地面をより長く最後までキックしたりすることは、結果的に地面を強く蹴ることも、ピッチを高めることもできないということになります。つまり、足が遅くなってしまいます。

 

大きく、力強い脚全体の動きを妨げないためには、この前後への腕振りはもちろんのこと、肩や腰の前後の動きの同調が大切です。

 

 

 

 

勘違いして、腰と肩が逆方向に大きくネジられる腕振りをしてしまい、間延びしたバウンディングのような走りにならないように注意が必要です。

 

 

 

肘は90度に固定してコンパクトに振るのが良いの?

 

腕振りの議題に良く上がるのが「肘は90度に固定して振った方が良いのか?」についてです。確かに「肘は固定して振る」とはよく聞きます。実際この動作、意識はどのような効果を生むのでしょうか?

 

 

コンパクトに腕が振れるのでピッチが上がりやすい

肘を固定して腕を振ることで、当然素早く腕振り動作を行えるようになります。つまり、肘を固定してコンパクトに腕を振ることは、ピッチを上げやすい動作、意識であると考えられるでしょう。

 

肘を伸ばして腕を振ろうとすれば、素早く上半身を切り返すことができなくなってしまうため、全力疾走時のような高いピッチに対応しきれなくなってしまうかもしれません。

 

 

 

肘を90度に固定するデメリット

一方で、肘を90度に曲げた状態を保つことによってデメリットが生まれる可能性もあります。

 

田村・久保田(2004)の研究では、肘を後ろに引く動作の強調は、同調する股関節の過度な伸展を招いてしまうことや、その結果として「脚が流れる動作」を生んでしまうことを指摘しています。そして、この肘の引きすぎを防ぐためには、肘を固定せず、少し開いた状態が望ましいとも述べられています。

 

したがって、足が流れやすい選手にとっては、肘の引きすぎによる股関節の過伸展を防ぐために、肘を伸ばすことも有効かもしれないということです。

 

また、肘をコンパクトにしてしまうと、どうしても地面に力が加わりにくくなってしまうという側面はあるでしょう。ハードルジャンプをするときに、肘をコンパクトにしすぎてしまえば、なかなか高く跳ぶことができなくなってしまいます。肘を90度に固定したままでは、大きく力強い振り込み動作ができなくなってしまうからです。

 

先述の通り、世界一流スプリンターでは「接地から支持期中間まで、両腕は下方に振られ、地面鉛直方向の反力を高めるのに役立っている。」とされていますし(阿江,2012)、小学生を対象とした研究(木越ほか,2014)でも、腕を前から後ろへ引き始める局面で、積極的に肘を伸ばすことが有効かもしれないと指摘されています。

 

腕が横振りになってしまうのはダメなことなのか?

 

もう一つ、良く議題に挙がることとして「腕振りが横になってしまう」というものがあります。

 

 

横振りは仕方ないことかも?

比留間と苅山(2019)の研究では、足の速さのレベルや性別によって、腕振りのタイプが異なるかどうかを検討しています。その結果、特に小中学年以降の女子において「腕の横振り」が多いことが分かりました。そしてこの原因に、腰や肩の幅における性差が挙げられています。

 

男子では肩幅が広いため、全力疾走中に腕を縦に振ることでも下半身の回転力を補うことができる一方、女子は腰に対する肩幅が狭いため、腕を横に振らなければ下半身の回転力を補うことができなくなってしまうというものです。また、上半身の筋力により劣るため、尚更下半身の回転力を補償できなくなりやすいといのも、女性選手の傾向だと考えることができるでしょう。。

 

 

したがって、腕が横振りになってしまうのは、上半身と下半身のバランスを取るためであって、「無理に縦に振ろうとすると走りのバランスを崩してしまう恐れがある」というわけです。

 

 

 

横振りの改善方法

走りのバランスを崩さずに、横への腕振りを改善させる方法として「上半身の筋力UP」が挙げられます。要は下半身の回転力に負けないように、上半身の力を発揮できるようになれば良いというわけです。具体的なトレーニング方法は、こちらの記事を参考にしてみてください。

 

 

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そして、もう一つの改善方法として「猫背を正す」が挙げられます。下図のように背中を丸めて、肩甲骨が左右に広げ、肩がすくめた状態で腕を振ってみましょう。脇が横に開きやすくなるのが分かります。

 

 

このような姿勢になってしまうと、必要以上に上半身の横への回転力を生んでしまったり、素早く腕を振ることができず、ピッチが上がらなかったり、振り込み動作を上手く使えなかったり…と、色々な悪影響につながってしまう可能性があります。

 

したがって、この「肩をすくめた猫背」を正すことも、横振り改善の一つの手段になるかもしれません。具体的な改善方法については、以下の記事を参考にしてみてください。

 

 

 

 

 

結局どう腕振りしたらいいの?

 

ここまで腕振りに関して、様々な視点から考えてきましたが、「万人に共通して良い腕振りの動作や意識」というのは無さそうだな…」ということが分かったと思います。それはその通りで、もしそんな方法があるとするんなら、トップ選手はみんなその腕の振り方をしているはずです。

 

しかし、良さそうな腕振りの目的地というのはきちんと存在していると考えられます。その腕振りの目的に沿った意識やトレーニングであれば、なんだって良い影響を生むはずです。つまり、以下の3つが達成できる腕振りを、個人に合わせて考えて、トレーニングしていかなければいけないというわけです。

 

「身体全体のバランスを保つ腕振り」

 

「地面に大きな力を加える腕振り」

 

「脚を素早く動かせる腕振り」

 

これらについて考えて、トレーニングや意識を実践して、修正して…を繰り返していくことで、その人にとっての上半身の使い方は上手くなっていくはずです。本記事が、皆さんの「腕振り改善」の一助となれば幸いです。よろしければ参考にしてみてください。

 

 

合わせて読みたい!

参考文献

 

・比留間浩介, & 苅山靖. (2019). 短距離走における腕振りの方向に関する横断的研究. 体育学研究, 64(2), 719-729.
・前田正登, & 三木健嗣. (2010). スプリント走における腕振りの役割. 陸上競技研究, 2010(1), 13-19.
・阿江通良(2012)一流競技者のスプリントフォーム.スプリント&ハードル,陸上競技社.pp.66-68.
・深代千之, 川本竜史, 石毛勇介, & 若山章信. (2010). スポーツ動作の科学 バイオメカニクスで読み解く.
・田村孝洋・久保田康毅(2004)100mの最高速度局面に おける腕動作機能.陸上競技研究,59(4):13-19.
・木越清信・関慶太郎・近江秀明・山元康平・尾縣貢(2014) 小学生における腕振り動作が疾走速度に及ぼす影響. 陸上競技研究,97(2):9-16.
・山田憲政, 関岡康雄, & 小林一敏. (1986). 走速度増加に伴う身体のねじれに関する力学的研究. 筑波大学体育科学系紀要, (9), p247-254.

 

 

 

 

 

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