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陸上短距離選手におけるハムストリングの肉離れの原因と予防方法(スプリンターと肉離れ)

陸上短距離選手におけるハムストリングの肉離れの原因と予防方法(スプリンターと肉離れ)

ハムストリングの肉離れを防ぐために考えるべきことについて、動画で端的に解説しています。よろしければ、チャンネル登録お願いします!

 

 

ハムストリングの肉離れとは?

ハムストリングの肉離れは、陸上競技の短距離選手を最も多く悩ませる急性外傷です。他のけがと比較して発生率が特に高く、復帰まで比較的長い期間を要するうえに、再発するケースが多い厄介な怪我であることが知られています(文献1

 

このハムストリングの肉離れは、一度経験すると復帰後も心理的な不安が残る場合が多く、パフォーマンスレベルの低下につながりやすいため「できれば経験したくない & 再発は防ぎたい」怪我であると言えます。

 

肉離れの定義は「筋線維の断裂(重度の場合は筋周膜も断裂)で周囲の血管の損傷を伴うもの」 とされています(文献2。ハムストリングスの肉離れは大腿二頭筋長頭(Biceps femoris long head)において多く(文献1(外側ハム)、筋線維の断裂というよりは筋線維が腱または腱膜につながる部分(筋腱移行部)での断裂(ハムの付け根)がほとんどだと言われています(文献3

 

 

 

 

 

ハムストリングとは?

 

ハムの肉離れについて知るために、まずはハムストリングとはどのような筋肉なのか理解しましょう。

 

ハムストリングとは

①大腿二頭筋長頭 (Biceps Femorislong head: BFlh)

 

②大腿二頭筋短頭 (Biceps Femoris Short head: BFsh)

 

③半腱様筋 (Semitendinosus:ST)

 

④半膜様筋 (Semimembranosus: SM)

 

これらの総称であり、主に「膝を曲げる」「股関節を伸ばす」役割があります。

 

 

 

 

 

 

ハムストリングの肉離れは、いつ起こりやすい?

 

走っているっているとき、ハムストリングスの肉離れは「遊脚期後半」と「接地期後半」において発生しやすいとされています(文献4

 

 

遊脚期後半

遊脚期後半とは脚を前に引き出して、次の接地に向かう局面のことです。ここで、ハムストリングや臀筋群を使って、前に素早く動く大腿部や、振り出される下腿にブレーキをかけ、次の接地の準備を行います(文献5

 

そして、素早い下腿の振り出し動作にブレーキをかけるためには、非常に大きな負荷がかかることになり、そのブレーキを生み出すハムストリングに大きな負荷がかかる・・・肉離れをしやすいというわけです。

 

 

 

 

 

支持期後半

支持期後半とは地面を蹴り出す局面にあたります。この局面では、股関節を伸ばす動作(ハムは縮む)と膝を伸ばす動作(ハムは伸びる)が起こることになります。

 

そして、疲労時などこれらの動作が適切に行えない場合、ハムが縮もうとしながら、ハムが強く引き伸ばされる状況が起こる可能性があると考えられ、このような状況ではハムへの負担が非常に大きくなってしまいます(文献7

 

 

 

 

これらの局面のように前に振り出される大腿や下腿にブレーキをかける時、地面の蹴り出し時に、特にハムストリングに大きな負荷がかかりやすいと言えます。

 

そして、このとき張力を発揮している筋線維に相対的に大きな負荷がかかり(文献8、耐えられなくなって肉るという説や、筋が収縮方向と反対方向にストレッチされる際、筋節の弱い部分が大きく引き伸ばされ、「はじける(pop)」から??という「ポッピング筋節説」(文献9など、ハムストリングの肉離れが起こる機序には、様々な説があるようです。

 

 

 

ハムストリングの肉離れの危険因子

 
「どういうときに(肉離れ含む)怪我しやすいのか?または、肉離れを起こしやすい人の特徴は何なのか?」については、多くの知見が存在します(文献10,11。これらについてみていきましょう。

 

 

年齢・・・年齢が高いほど肉離れを起こしやすい

 

体重・・・体重が重いほど肉離れをしやすい(が、パフォーマンス向上のために筋量を増やすことは大事。)

 

既往歴・・・肉離れ歴がある人は肉離れをしやすい

 

・・・と、言われていますが、これらはどうしようもない部分が大きいです。

 

 

H/Q比・・・ハムストリング(Hamstring)の筋力と大腿四頭筋(Quadriceps)の筋力比

短縮性運動時のH/Q比を「conventional H:Q ratio」、伸張性膝関節屈曲トルクと短縮性膝関節伸展トルクの比は「functional H:Q ratio」と呼ばれています。そして、ハムストリングス肉離れや膝前十字靱帯損傷などの傷害を防ぐためには「conventional H:Q ratio」が0.6以上、「functional H:Q ratio」が1.0以上であることが望ましいとされています。

 

要するに膝を伸ばす筋力と比較して膝を曲げる筋力が相対的に弱いと肉離れのリスクが高まることになります。しかし、最近ではH/Q比は肉離れの重要な危険因子としてはそこまで支持されなくなってきているようです(文献12。とはいっても、ハムストリングを十分に鍛えておくことは重要だと考えられます。

 

 

ハムの筋力の左右差

・・・円滑な動作ができない。片方に負担がかかりやすい、もしくはかかっているから筋力差がある。

 

 

ウォーミングアップ不足

・・・動作に適応できてない状態(力発揮のタイミングや可動域など)があると、傷害発生しやすい。

 

 

ハムの柔軟性と筋力

・・・ハムストリングの筋長が短いほど、筋力が弱いほど肉離れしやすい。

 

 

臀部の筋力

・・・特に股関節を伸ばす動作や地面を押す動作においてお尻の筋肉が上手く、強く働かないと、ハムへの負担が増えやすくなると考えられる。

 

 

股関節伸展可動域

・・・大腿前部、股関節前部の筋肉が固いと肉離れしやすい。単純に股関節が伸展しにくい分、伸展させるのに強い力が必要になることが予想され、ハムの負担が増えると考えられる。

 

 

―股関節伸展可動域―

 

(腰を反らして代償させないように)

 

 

その他(ハムの肉離れ含む)傷害発生率を高める要因

・トレーニング強度(スピード等)の急激な変化(文献13,14,15
・・・最大スピードを出すような練習を一定期間行っていない者が、いきなりスピードが高く量の多い練習をするようになった時など、肉離れのリスクが増加。

 

 

・睡眠不足と不適切なダイエット(文献16
・・・睡眠時間やその質が著しく低い時。栄養不足。エネルギー収支がマイナス時。

 

 

・心理的なストレス(テスト期間、合宿期等)(文献17
・・・諸々のストレスが多い時。疲労しやすい、回復が遅れやすい状況にあるときは要注意

 

 

 

 

ハムの肉離れをしやすいと思われるフォーム

 

肉離れ経験者や、肉離れ患側と健側の動作、筋活動違い(文献18,19から、ハムストリングの肉離れを起こしやすいであろう疾走動作を推測することができます。以下の図が、その特徴です。

 

 

 

 

また、疾走中の姿勢変化も肉離れに大きくかかわります。特に、ゴールライン付近での過度なトルソーの突き出し時、無理なバトンパス時の上体の前傾時には、上体が過度に前傾することでハムがより引き伸ばされることになります。この時、重篤な肉離れを起こしやすいとされています(文献20。

 

 

 

 

 

 

ハムストリングの肉離れの危険因子(まとめ)

以上の要因をまとめたものが、以下の画像です。

 

 

 

 

ここからは、これらの要因をもとに、ハムストリングの肉離れを防ぐ方法について考えてみます。

 

 

 

ハムストリングの肉離れを防ごう

筋力・柔軟性UPで、ハムの肉離れ防止

肉離れの危険因子から、臀部を強く、ハムストリングを強く、柔らかく、そして大腿、股関節前部を柔らかくすることが重要だと推測できます。以下は、これらを獲得するために有効であろうトレーニングです。

 

 

 

 

・ノルディック・ハムストリング(ロシアンハム)
他人の押さえてもらうなどして、膝立ちで踵を固定し、前に倒れつつ、ハムを収縮させて我慢します。ギリギリのところで元の姿勢へ戻る、またはギリギリのところまでいって、前に倒れます。ハムストリングの伸張性の筋力を高めるのに有効なトレーニングです。

 

参考動画(ノルディックハムストリング)

 

 

 

 

・ルーマニアン・デッドリフト
肩甲骨を寄せ、胸を張って、骨盤を前傾させるイメージで行います。バーはやや広めに持つとやりやすいでしょう。やや踵寄りに体重をかけながらバーを身体に近い位置にキープさせつつ下ろしていくのがコツです。臀部から首筋までビシッとまっすぐ保ち、ハムのストレッチを感じるあたりで元の姿勢に戻る。この動作を繰り返します。ハムストリングの筋力と柔軟性向上、臀部の筋力向上に有効です。

 

参考動画(ルーマニアンデッドリフト)

 

 

 

 

・ヒップスラスト
仰向けになり、肩甲骨あたりを台に固定します。股関節にバーベルを挟み、お尻の筋肉をキュッと締めるようにしてバーベルを持ち上げます。やや踵寄りに体重をかけて、腰は反らさず顎を引いた状態で行いましょう。膝が曲がった状態で行うため、ハムへの負担は少なく、リハビリ種目としても良いと考えられます。臀部の筋力向上に有効です。

 

参考動画(ヒップスラスト)

 

 

 

 

 

大腿、股関節前面の柔軟性UPで、ハムの肉離れを防ごう

大腿部前面をストレッチさせます。おへそをまっすぐ向かせたまま、片膝立ちの状態で後ろ足の膝を曲げていきます。腿の前部分にストレッチを感じる位置で固定します。

 

 

 

下の図のように、腰や胸を反らしてしまうと狙った部位を上手くストレッチできません。お尻とお腹に力を入れて骨盤を後傾させるイメージを持ちましょう。

 

 

 

 

次に、股関節の前面をメインにストレッチします。

 

 

 

 

 

 

 

栄養で、ハムの肉離れ防止

特にトレーニング強度が高い時期、体重が減少傾向とならないよう、糖質とタンパク質を十分に摂るようにしましょう。目安としては以下の通りです。

 

糖質

・ハードにトレーニングするなら体重×5―7g程度の糖質は必要(文献21。

 

・体重60㎏で体重×6gの場合、糖質だけで1440kcal。

 

・個人差が大きいので各自の運動量に合わせて適量を探る。

 

 

タンパク質

・全体のエネルギー量が足りている場合、よく言われる体重×2g程度の摂取で問題はない。

 

・多く摂取しても問題はない。減量時は多めに摂取する(文献22

 

高強度のトレーニング行いながら糖質制限をしていると、確実に出力、パフォーマンスは低下していきます。体重は減りますが、筋量は維持しづらく、回復も遅れやすい。怪我もしやすくなってしまいます。

 

 

 

睡眠で、ハムの肉離れ防止

睡眠時間を確保することは怪我を防ぐ、パフォーマンスを高めるために必須の条件です。ハードにトレーニングするなら8―10時間の睡眠が確保できれば理想だと言われています(文献23。8時間より10時間が良いという主張もあります(文献24。睡眠時間が不足してしまっている場合、昼寝(パワーナップ)をとることも非常に有効です。

 

 

また、睡眠をとろうと思っても、なかなか寝付けなかったり、すぐ目が覚めてしまったり、なんだか眠りが浅い人もいることでしょう。それらの対策として、就寝直前のブルーライト(スマホなど)を避けることは非常に重要です(文献25。また、強度の高い練習日は睡眠の質が下がりやすいと言われており(文献26、合宿期などは要注意と言えるでしょう。

 

 

 

トレーニング計画で、ハムの肉離れ防止

急激なトレーニング強度、量の増加を避けることが重要です。スピードを抑えた練習中心の状態から、いきなりスピード練習をガシガシ入れるとケガのリスクは高まりやすいと言えます。怪我からの復帰後などは特に注意が必要です。

 

また、ハムなどに刺激を与える前後のトレーニング内容を考えることも必要でしょう。例えば、ウエイトなどでハムに大きく負荷をかけた次の日に、ハイスピードで走る練習を入れないようにするなど、ハムが疲労した状態で大きな負荷をかけない設定にします。

 

 

 

疾走フォームで、ハムの肉離れ防止

ハムストリングの筋力発揮は短距離走に重要ですが、ハムに頼りすぎることは問題です。支持脚だけで地面を叩こう、蹴ろうとせず、遊脚やその他の部位を積極的に前に引き出すような意識や、それらの動作に結び付くトレーニングが必要になります。

 

 

 

 

 

 

その他 大事であろうこと

 

練習時に無理なトルソーを突き出さないこと、無理なバトンパスをしない、そしてさせないことです。特に肉離れ経験アリの人は要注意です。

 

また、ハムに違和感があったら練習内容を変更する勇気を持つようにしましょう。みんなと最後まで練習したい・・・などと、周りに流されて走ってしまうと、大事なシーズンを棒に振ってしまうことにもなりかねません。

 

個人でトレーニング計画の修正が難しい場合(チームでのメニューが監督やコーチに委ねられている・・・など)は、きちんと監督やコーチへ意見すべきです。考えや自分の状況を述べた上で休むか、別メニューにしてもらえないか相談をします。監督やコーチがどんなに怖くても意見をすることを恐れずに。日々後悔しない選択ができるように頑張りましょう。

 

 

怪我を防ぐための、トレーニングの視点について動画で端的に解説しています。よろしければチャンネル登録お願いします!

 

 

 

参考文献

1. Brooks J. H. (2006). Incidence, risk, and prevention of hamstring muscle injuries in professional rugby union. The American journal of sports medicine. 34(8), 1297-1306.

 

2. Safran M.R. et al. (1989) Warm-up and muscular injury prevention. Sports Medicine. 8: 239-249.

 

3. Garrett W.E. et al. (1996) Muscle strain injuries. The American Journal of Sports Medicine. 24 : S2-8.

 

4. Sutton G. et al. (1984) Hamstrung by hamstring strains: a review of the literature. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy. 5(4), 184-195.

 

5. Petersen J. et al. (2005) Evidence based prevention of hamstring injuries in sport. British Journal of Sports Medicine. 39: 319-323.

 

6. Hewett T.E. et al.(1999) The effect of neuromuscular training on the incidence of knee injury in female athletes. A prospective study. The American Journal of Sports Medicine. 27: 699-706.

 

7. Liemohn W.(1978) Factors related to hamstring strains. The Journal of sports medicine and physical fitness, 18.1: 71-76.

 

8. Clarkson P.M. & Sayers S.P. (1999) Etiology of exercise-induced muscle damage. Canadian Journal of Applied Physiology. 24: 234-248.

 

9. Proske U. & Morgan D.L. (2001) Muscle damage from eccentric exercise: mechanism, mechanical signs, and adaptation and clinical applications. Journal of Physiology. 537: 333-345.

 

10. Opar D.A. et al. (2012). Hamstring strain injuries. Sports Medicine, 42(3), 209-226.

 

11. Freckleton G. & Pizzari T. (2012) Risk factors for hamstring muscle strain injury in sport: a systematic review and meta-analysis.. British Journal of Sports Medicine. published online July 4.

 

12. Van DYK N. et al. (2016) Hamstring and quadriceps isokinetic strength deficits are weak risk factors for hamstring strain injuries: a 4-year cohort study. The American journal of sports medicine. 44.7: 1789-1795.

 

13. Malone S. et al. (2017) High chronic training loads and exposure to bouts of maximal velocity running reduce injury risk in elite Gaelic football. Journal of science and medicine in sport. 20(3), 250-254.

 

14. Duhig, S. et al. (2016). Effect of high-speed running on hamstring strain injury risk. British Journal of Sports Medicine. 50(24), 1536-1540.

 

15. Jones C.M. et al. (2017) Training load and fatigue marker associations with injury and illness: a systematic review of longitudinal studies. Sports Medicine. 47(5) : 943-974.

 

16. Rosen P. et al.  (2017). Too little sleep and an unhealthy diet could increase the risk of sustaining a new injury in adolescent elite athletes. Scandinavian journal of medicine & science in sports. 27(11), 1364-1371.

 

17. Mann J.B. et al. (2016). Effect of physical and academic stress on illness and injury in division 1 college football players. The Journal of Strength & Conditioning Research. 30(1), 20-25.

 

18. 飯干明ほか(1992)肉離れ経験者の加速区間と速度維持区間における短距離疾走フォーム鹿児島大学教養部体育科報告. 25:1-11

 

19. 小林万壽夫ほか (2009) ハムストリングス肉離れの経験を持つ陸上競技選手の短距離疾走時における大腿部の筋活動特性-健側と患側間の差異. 体力科学. 58(1), 81-90.

 

20. 奥脇透 (2017) 疾走中に起こる肉離れについて. 日本スプリント学会第28回大会抄録集, 17-18.

 

21. Burke L.M. (2011). Carbohydrates for training and competition. Journal of Sports Sciences. 29, S17-S27.

 

22. Jäger R. et al. (2017) International Society of Sports Nutrition position stand: protein and exercise. Journal of the International Society of Sports Nutrition. 14(1), 20.

 

23. Milewski M.D. et al. (2014) Chronic lack of sleep is associated with increased sports injuries in adolescent athletes. Journal of Pediatric Orthopaedics. 34(2), 129-133.

 

24. Pitchford et al. (2017) Resting to Recover: Influence of sleep extension on recovery following high-intensity exercise. 22nd Annual Congress of the European College of Sport Science.

 

25. Simpson N.S. et al. (2017) Optimizing sleep to maximize performance: implications and recommendations for elite athletes. Scandinavian journal of medicine & science in sports. 27(3), 266-274.

 

26. KILLER S.C. et al. (2017) Evidence of disturbed sleep and mood state in well-trained athletes during short-term intensified training with and without a high carbohydrate nutritional intervention. Journal of Sports Sciences. 35.14: 1402-1410.

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