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ヒップスラストの効果とスプリントパフォーマンスへの影響

ヒップスラストとは?

スポーツのパフォーマンスを高めるためにウエイトトレーニングを取り入れることは、今や当たり前の時代となっています。そのウエイトトレーニングの種目として、BIG3と言われるベンチプレス、スクワット、デッドリフトはもっとも有名なトレーニングとも言えるでしょう。

 

そして最近では、臀部を鍛えるトレーニングとして「ヒップスラスト」というトレーニングが注目を浴びています。

 

 

図のように、ベンチに背中をつけ、股関節にバーを挟んだ状態から股関節を伸展させることにより、股関節の伸筋群である臀部を中心に刺激するトレーニングです。

 

参考動画

 

このページの目的

・ヒップスラストは他のウエイト種目と何が違うかを理解する。
・ヒップスラストは運動パフォーマンスにどんな効果があるのか理解する。
・トレーニングにどのように取り入れるべきかを考える。


運動パフォーマンスへの効果

Contreras(2017)の研究では、6週間にわたるヒップスラストとフロントスクワットがパフォーマンスに及ぼすそれぞれの影響の違いについて調査しています。

 

その結果、フロントスクワット群では垂直跳びの伸び率が高く、ヒップスラスト群では立ち幅跳び、10m、20mスプリントの向上率が高くなりました。

 

※Contreras(2017)より、筆者作成

 

このようなパフォーマンス向上度合いの違いがみられた理由に、「力発揮の方向による特異性」が挙げられています。

 

冒頭でも述べた通り、スプリント加速時には地面に対して水平方向に力を発揮する必要があります。立ち幅跳びも、垂直跳びと比較すると、より水平への力発揮が求められます。

 

ヒップスラストはフロントスクワットと比較すると、より人体に対して後ろ側、すなわち水平方向に力を発揮できるようなトレーニングであるため、このような効果の違いがみられたのだとされています。

 

このように、ヒップスラストは、水平方向への移動能力を向上させるためのトレーニングとして有効だと言われています。素早く加速できる能力を身に付けたい選手にとっては、ぜひ取り入れたいトレーニングだと言えるのではないでしょうか?

ヒップスラストは水平へのパワー向上に特別に有用なわけじゃない?

しかし、実際のスプリント加速時や立ち幅跳びでは、身体は前傾した状態にあります。

 

 

※Fitzpatrickほか(2019)より

 

図のように身体が前傾している状態では、直立時(人体と相対的に)と同じ方向に力を加えても、水平方向に力を加えることになります。よって、フロントスクワットのように鉛直方向に力を発揮するようなトレーニングでも、スプリント加速能力や、立ち幅跳びのパフォーマンス向上に効果的であるはずです。

 

この考えからすると、ヒップスラストは水平方向に力を発揮できる特異性があるから、水平方向への力発揮パフォーマンスを高めるという理屈は成り立たなくなります。

 

加えて、先の研究の被験者はユース世代(14-17歳)でスクワットの経験はあるが、ヒップスラストの経験のないアスリートでした。そのため、ヒップスラストによる能力向上のポテンシャルが高く、ヒップスラスト実施群でパフォーマンスが著しく向上したという可能性も考えられています。

 

これに関してFitzpatrickほか(2019)の研究では、「ヒップスラストが水平方向の力発揮パフォーマンスに特別に有用なら、鉛直方向の力発揮パフォーマンス改善があまり見られないはずだ」として、14週間のヒップスラストトレーニングが垂直跳びと立ち幅跳びのパフォーマンスに与える影響を調べています。

 

その結果、垂直跳びと立ち幅跳びの両方のパフォーマンスが向上し、両者の向上度合いに差はみられませんでした。

 

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この知見は、ヒップスラストは垂直跳びと立ち幅跳びのパフォーマンス向上に有用であること、そして水平への力発揮が求められる立ち幅跳びに、特別に効果が高いわけではないことを示す一つの知見だと言えます。

 

さらに、ヒップスラスト経験のある大学生アスリートを対象に、8週間のヒップスラストトレーニング実施群と筋力トレーニング非実施群を比較した研究(Jarvisほか,2017)では、両群で40mのスプリントタイムの向上幅に差がみられていません。

 

ここまで述べてきたことをまとめると、ヒップスラストはジャンプ能力やスプリント加速能力向上に効果的である可能性はある。しかし、水平への力発揮能力向上に特別に効果が高いわけではなさそうだ…ということになります。

 

ただ、ヒップスラストは効果が薄いと言っているわけではありません。ヒップスラストは、他の種目と比較した利点がきちんとあります。以下、それについて紹介していきます。

ヒップスラストは、臀筋群(お尻)を効果的に刺激できる

ヒップスラストとデッドリフトの違い

「デッドリフトやスクワットだけやっていれば、臀部の筋力を向上させるのには十分じゃないの?」と考えられる方もいらっしゃるかもしれません。

 

しかし、Andersenほか(2018)の研究では、ヒップスラストは、バーベルデッドリフト、ヘックスバーデッドリフト(図を参照)と比較して、大臀筋の筋活動をより多く引き出すことが示されています。

 

さらにはヒップスラストはバックスクワットと比較して、大臀筋の上部や下部、大腿二頭筋などを満遍なく刺激することができるとも言われています(Contrerasほか,2015)。

 

 

 

 

ヒップスラストは臀筋を刺激するのにもってこい

お尻の筋肉(主に大臀筋)は、筋肉が短縮した状態、つまり股関節が伸びた状態の方が動員率が高くなります(Worrellほか,2001)。

 

そして、ヒップスラストは、スクワットなどと比較して、股関節がより伸展した状態で後負荷をかけることができるトレーニングです(Bezodisほか,2017)。

 

 

 

 

このように、ヒップスラストは大臀筋がより活動できる状態で、大きな負荷を比較的容易にかけることができるトレーニングであると言えるでしょう。

 

大臀筋のサイズや筋力は、スプリントやジャンプ能力など、あらゆるスポーツのパフォーマンスを向上させるための基礎であるため、臀筋群はウエイトトレーニングを用いて鍛えるべき優先順位が高い筋肉です。

 

筋肉量や筋力といった、筋肉の基礎的なパラメーターを高めておいて、そのうえで実際の競技パフォーマンスに直結するような練習(スプリントやジャンプなど)をきちんと行えば、パフォーマンスは向上していくはずです。筋肉のみを鍛えたからと言って、すぐに競技のパフォーマンスが向上するわけではありません。

 

また、スクワットでも大臀筋をトレーニングすることは可能ですが、スクワットで臀筋群を刺激できるようになるためにはある程度、スクワットのフォームを上達させておく必要があります。

 

その点、ヒップスラストは比較的動作の習得が容易で、臀筋群を効果的に刺激することができるので、スクワットが難しい、スクワットだけでは臀部への刺激が不十分…といった場合に非常に有用なトレーニングになるでしょう。

 

「動作や力発揮の方向が似ているので大事!(実際には似ていない)」と、ヒップスラストがもてはやされている現状がありますが、見た目だけの特異性にとらわれずに、トレーニング内容を選別していかなければなりません。

ヒップスラストまとめ

・ヒップスラストはスプリント加速能力やジャンプ能力向上に効果的だが、水平方向への力発揮に特別に効果が高い…とは言い切れない。

 

・ヒップスラストは臀筋を効果的に刺激することができるトレーニングである。

 

・見た目が似ているトレーニングだからといって、パフォーマンス向上に特別に効果的であるとは限らない。

参考文献

・Contreras, B., Vigotsky, A. D., Schoenfeld, B. J., Beardsley, C., McMaster, D. T., Reyneke, J. H., & Cronin, J. B. (2017). Effects of a six-week hip thrust vs. front squat resistance training program on performance in adolescent males: a randomized controlled trial. The Journal of Strength & Conditioning Research, 31(4), 999-1008.
・Fitzpatrick, D. A., Cimadoro, G., & Cleather, D. J. (2019). The Magical Horizontal Force Muscle? A Preliminary Study Examining the “Force-Vector” Theory. Sports, 7(2), 30.
・Jarvis, P., Cassone, N., Turner, A. N., Chavda, S., Edwards, M., & Bishop, C. (2017). Heavy barbell hip thrusts do not effect sprint performance: an 8-week randomized–controlled study. The Journal of Strength & Conditioning Research.
・Worrell, T. W., Karst, G., Adamczyk, D., Moore, R., Stanley, C., Steimel, B., & Steimel, S. (2001). Influence of joint position on electromyographic and torque generation during maximal voluntary isometric contractions of the hamstrings and gluteus maximus muscles. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 31(12), 730-740.
・Bezodis, I.; Brazil, A.; Palmer, J.; Needham, L. Hip joint kinetics during the barbell hip thrust. ISBS Proc. Arch. 2017, 35, 184.
・Andersen, V., Fimland, M. S., Mo, D. A., Iversen, V. M., Vederhus, T., Hellebo, L. R. R., ... & Saeterbakken, A. H. (2018). Electromyographic Comparison of Barbell Deadlift, Hex Bar Deadlift, and Hip Thrust Exercises: A Cross-Over Study. The Journal of Strength & Conditioning Research, 32(3), 587-593.
・Contreras, B, Vigotsky, AD, Schoenfeld, BJ, Beardsley, C, & Cronin, J. A comparison of 24;gluteus maximus, biceps femoris, and vastus lateralis electromyographic activity in the back squat and barbell hip thrust exercises. J Appl Biomech, 31: 452-458. 2015.

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