文献
・Adamczyk, Jakub. Relation between result and size of training loads in 400-metre hurdle race of men. Education Physical Training Sport 75 (2009): 5-9.
緒言
スポーツトレーニングには多様な運動が用いられ、アスリートに様々な影響を与える。
しかし、たとえ同じトレーニングを行ったとしても、すべての選手に同じ効果があるとは限らない。
競技者の専門性が増すにつれ、適切な負荷を選択し、好成績を修めるための最善のトレーニング手段を講じることが不可欠である。
コーチにとってそのような知識は、コーチングスキルの永続的な発達のために優れた指針となり得る。
400mハードルは35mの間隔で1ヤード(91.4cm)の高さの10台のハードルをクリアしていく必要がある。
この競技はスピード、筋力、持久力などの基本的な運動能力に加え、ハードル間を走るためのリズム、柔軟性、調整力およびジャンプ能力が重要とされ、男子で約50秒間、非常に高い努力度が要求される。
これらのことから400mハードルは、最も難易度の高い陸上競技の1つと言われており、トレーニング内容も非常に複雑になる。
400mハードルのトレーニングに関する研究は、行われた運動の有効性についての学術的検証なしに、単一のアスリートを養成する事例研究が多い。
本研究の目的
男子400mハードルの成績に最も大きな影響を与え得るトレーニング手段は何かを特定すること
方法
ポーランドのハイレベルの400mハードル選手の1年間のトレーニングデータを用いた。
研究対象は、ポーランドと欧州選手権のメダル獲得者、オリンピックファイナリスト、シニア部門のポーランド代表者、ジュニア部門のメダリストを含む25人のグループ。
分析には TreOb 4.0 computer programmeを用いた。⇒ワルシャワの体育アカデミーのスポーツ理論(Sozański,Śledziewski,1995)に詳しいことが書いてある⇒※ポーランド語。
トレーニング手段の判別はIskra (1995)で用いられた方法で実施した。(ポーランド語)
各期間の各トレーニング負荷(運動の総時間)とスポーツ成績との関係を、ピアソンの相関係数によって推定。
なお、トレーニング期間の期分けは以下の通り。
結果
※Adamczyk(2009)より
数字は相関係数で、数値が高いほどそのシーズン内での競技記録が高いことを示している。
※トレーニング内容の定義に関する論文がポーランド語だったため、以下、関連論文(Adamczyk, 2007; Iskra, 2012)を参考に推測し、考察を進めます。
・Speed interval endurance:30m-60mを短い休息で繰り返す。(例:60m*3*4set r:2’ R:10’)
・Special short endurance:80m-200m程度
・Medium interval special endurance:200m-500mをやや長めの休息を挟んで走る。(例:300m*2 R:20’)
・Mixed special endurance:短い距離や長い距離の組み合わせ?
・Long rhythmic endurance:ハードル付きで300m以上の距離を走る
・Interval rhythm:短い休息を挟みつつ、ハードルを数台*数set等
・Continuous races:レース形式でのトレーニング
・Racing power (more than 40 metres):スレッド走、坂道走などの負荷走。
・Multi jumps (more than 40 metres):バウンディング等のジャンプ。
・Half squats with sub-maximum load:最大下負荷でのハーフスクワット
・Standing on toes with a load:バーベルを担いだりした状態でのつま先立ち運動
・Stepping up:ステップ(階段)を上がる運動
・Hurdle marches:ハードルまたぎ等のハードル技術運動
・Arms muscle and shoulder girdle power:腕や肩周りの筋力トレーニング
・Legs muscle exercises:脚筋力トレーニング
・Multi-event throws:様々な種目での投運動
・General fitness exercises:???
・The number of participations in 60 up to 200-metre (sprint) races:60m-200mのレース出場数
・The number of participations in 400-metre hurdles races:400mHのレース出場数
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考察
Iskra (2001)でも同様の研究がなされている。↓結果↓
※Adamczyk(2009)より
両研究で共通するのは、以下のこと。
・特定のトレーニング手段がスポーツ結果に顕著な影響を与えている。
・全期間に渡って、最大下強度でのリズム持久力(8台以上のハードル)トレーニングのように、特殊な持久力を発達させる手段と高い相関があった。
これらの手段がハードラーに与える影響の大きさは言うまでもない。
また、レーシングパワーとウェイトエクササイズは下肢の持久力および筋力を発達させるために重要で、このようなトレーニングと競技成績との関係は、110mハードルを専門とする選手らにとってもその有効性が確立されている(Iskra,2001)。
本研究では60m-200mのレース出場回数,Iskra(2001)ではracing speedと負の相関があった。
これはスピードを重視した競技である400mハードルでは、スピードトレーニングは必須であるという一般意見(Black,1988)に反する結果となった。
スピードには(ハードルなどの)技術を伴わせる必要があり、ハードル特有の技術を伴わないスピードは転倒やリズムの乱れに繋がり得る。
そのため、ハードル技術を伴ったスピードトレーニングが重要だと考えられる。
その他の筋力トレーニングについての結果は、特異的な手段のみがスポーツのレベルに影響しているわけではないことを示唆している。
しかし、これにはポーランドの気候条件の影響で特異的手段のみを実施し続けることが難しい(Iskra,2001)ことも影響したのかもしれない。
結論
400mHで好成績を収めるためには、レースそのもののような高強度のトレーニング手段が不可欠である。
このようなトレーニング量と競技成績に関する分析は、単一の競技者(Adamczyk,2007)でも可能である。
スポーツ現場に応用できない研究は価値が低い。本研究の結果は,ハイレベルのハードラーのトレーニングパターンを考える上で重要な示唆を含んでいるだろう。
所感
400mハードルにはどのようなトレーニングが重要か。
非常に興味深い内容ではありますが、300m程度でハードルを並べたトレーニング、すなわち400mハードルに近い練習が重要だというのは当たり前と言えば当たり前です。
しかし、スピードトレーニングとの関連が薄かったことは意外でした。
あくまで持久力を伴ったスピード、技術を伴ったスピードが重要だとの考えには同意せざるを得ないので、「なるほどな」ともなりました。(スピード練習は効果が無いと言っているわけではない)
今回の研究で注意すべきことは、「競技レベルが高い選手が行っていたトレーニングの特徴=効果が高いトレーニング」ではないという点でしょう。
この研究では記録を競技成績として分析しているので、各選手のそれまでの競技成績からの伸び率を基に分析したら違う結果になったり、競技力が高い選手ほど,高ボリュームのトレーニングを行う能力があったという可能性もあります。
また、ジュニア選手に効果的なトレーニングもあれば,シニア選手に効果的なトレーニングもあるはずですし。
しかしながら、400mハードル選手は最終的にはハードルを設置して400mを走る必要があるわけですから、練習内容も最終的にはそこにたどり着くように設定しなければなりません。
どうしても、ハードルの無いフラットでの練習に傾倒しがちな部分もあるので…。
あくまでハードルの無い100m-400mの走力は土台で、ハードルを伴った練習はやはり重要。
当たり前ではありますが、400mハードル選手の練習を考え直す一つのきっかけにはなるのではないでしょうか?
中の人のレース動画です。モチベーションUPにどうぞ
参考文献
・Adamczyk, Jakub. Relation between result and size of training loads in 400-metre hurdle race of men. Education Physical Training Sport 75 (2009): 5-9.
・Sozański H, Śledziewski D. (Eds.). (1995). Obciążenia treningowe — dokumentowanie i opracowanie danych. Warszawa: COS RCMSKFiS.
・Iskra J. (1995). Rejestr grup środków treningu w bieguna 400 m ppł. In Sozański, H. and Śledziewski, D. (Eds.), Obciążenia treningowe — dokumentowanie i opracowanie danych. Warszawa: COS RCMSKFiS. P. 84—91.
・Adamczyk J. (2007). Analysis of a many years fourhundred-metre hurdler’s training. In Moloda Sportywna Nauka Ukrainy. L’viv State University of Physical Culture. P. 129.
・Iskra J. (2012) Athlete Typology and Training Strategy in the 400 m Hurdles. New Studies in Athletics 27:(1/2), 27–40.
・Iskra J. (2001). Morfologiczne i funkcjonalne uwarunkowania rezultatów w biegach przez płotki. Katowice: Academy of Physical Education.
・Black W. (1988). Training for the 400 m. Track Coach, 102, 3243—3245.