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陸上競技における技術指導:インターナルフォーカスとエクスターナルフォーカス、アフォーダンスの活用

陸上競技における技術指導:インターナルフォーカスとエクスターナルフォーカス、アフォーダンスの活用

 

陸上競技の指導現場において、技術向上のための声かけやフィードバックは選手のパフォーマンスに大きな影響を与えます。

 

その際に知っておくと良い方策が、「インターナルフォーカス(Internal Focus)」「エクスターナルフォーカス(External Focus)」という2つの注意の向け方です。

 

これらの概念を正しく理解して、適切に使い分けることで、選手の学習効率向上、競技力向上につなげられる可能性が高まるでしょう。

インターナルフォーカスとは?

インターナルフォーカスとは、「身体内部や動きそのもの」に意識を向けることです。例えば、以下のような指導が該当します。

 

「腕をもっと大きく振ろう」
「膝を高く上げて走って」
「体幹をまっすぐにジャンプして」
「スタートの一歩目で身体を一直線に」

 

このように、身体の部位や筋肉の動作に意識を集中させることで、選手は自身の動きを細かくコントロールしようとします。

インターナルフォーカスのメリット

インターナルフォーカスは、細かで複雑な動作を正確に行おうとする際に、特に必要な注意の向け方と言えるでしょう。

 

そのため、複雑な技術の習得の初期段階に動かし方のイメージをつかもうとする際や、身体の解剖学的な機能面(例えば、関節の可動性、安定性、特定の筋の促通など)を改善させる際に活用されることが多いです。

 

また、特定の筋肉を意識しながら鍛えることで、筋肥大効果を高めるような場面でも、インターナルフォーカスを有効活用することができます(Schoenfeld et al., 2018)。※効果が出るかは部位によって異なる可能性もあるようです。

 

ウエイトトレーニングなどで、臀部を意識してスクワットをすることで、より臀部の筋力を改善させようとしたり、足趾の筋力を改善させるために、足趾の付け根部分を意識してタオルギャザーを行なったり、無意識に運動するだけでは改善できない可能性の高い体力要因を改善させる際には、このインターナルフォーカスが効果的なことが多いでしょう。

 

インターナルフォーカスのデメリットと、異なる運動制御システム

インターナルフォーカスでは、動作そのものや自分の身体そのものを意識することで、全力運動や、自然な滑らかな動作が阻害され、一時的なパフォーマンス低下につながることがあります。

 

特に、全力に近くて運動途中で動作を修正する暇がない短距離走や跳躍、投てき種目では、

 

「腕をもっと大きく振ろう」
「膝を高く上げて走って」
「体幹をまっすぐにジャンプして」
「スタートで身体を一直線に」
「膝や肩に力を込めて」
「足首を固定して」

 

というような指示で、逆に動きがぎこちなくなってしまうことは、良くみられるのではないでしょうか?

 

これは、全力に近い運動と、ゆっくりだけど精密な動きが求められる運動とでは、身体運動を制御しているシステムが異なり、インターナルフォーカスでは、後者のシステムを誘導してしまいやすくなることに起因しています。

 

 

開回路システムと閉回路システム

全力に近い運動、一瞬で行われるような運動では、予めプログラミングされた「運動プログラム」を用いて運動を行います(開回路システム)

 

飲み物を飲みたいときに、自販機でボタンを押したら、予め用意された飲み物が瞬時に出てくる…といった具合です。こちらは一度ボタンを押すと飲み物の味の修正はできませんが、すぐ飲み物を飲めます。押したら決まったものが出てくるので、一連の流れが自動化されています

 

野球のピッチングや、サッカーのキック、テニスのストロークなどは、運動を始めてしまうと途中で修正が利かないので、開回路制御が優位な運動と言えます。陸上競技においては、瞬発系の短距離、跳躍、投てきはほぼこの開回路制御が優位な運動と言えるでしょう。

 

一方、ゆっくりだけど精密な動きが求められる運動では、運動を行いながら「状況に応じて動きの微調整を加えながら」運動を行います(閉回路システム)

 

同じく飲み物を飲みたいときに、味見を繰り返しながら、お好みの味や温度へ調整していく…といった具合です。こちらは、味見というフィードバックを用いて、より好みの味を目指すことができますが、完成まで時間がかかる…という例えができるでしょうか。

 

山道を路面の状況に合わせて上手く歩いたり、サイクリングをしたりする場面では、この閉回路制御が優位と言えるでしょう。

 

このように、瞬発的な運動と、ゆっくりとコントロールがしやすい運動とでは、使っている運動制御の仕組みが異なっていると考えられています。

 

そのため、自動化されている開回路制御優位の全力運動に対して、「足首を固定して!肘は90度に!」などと注文を付けることは、自販機に「もっと味を濃くして!」と無理な注文を付けるのと同義と言っても過言ではないことになります。

 

(好みの味の飲み物を買うには、予め商品自体を入れ替える、つまり運動プログラム自体を書き換える必要があります)。

 

インターナルフォーカスによって、全力で運動するための自動制御システムを阻害してしまうため、上手く全力が出せなくなる、逆にぎこちなくなってしまう感じです(オートマチック車から、ミッション車にいきなり乗せられたような感じ)

 

 

では、この全力運動での滑らかさを極力保ったまま、動作を良い方向へ導くにはどのようにすべきなのでしょうか?そこで登場するのが、エクスターナルフォーカスです。

エクスターナルフォーカスとは?

エクスターナルフォーカスは、「身体の外の対象物やその効果」に意識を向けるやり方です。たとえば…

 

壁を膝で突き破るように(短距離でいう「膝を高く!」)
くす玉を頭で割るように(短距離のスタートでいう「身体を一直線に!」)
天井に頭をぶつけるように(垂直跳の際)
打ち返した後の軌道をイメージして(テニスのレシーブで)

 

などのように、選手が身体の動きそのものではなくその運動の「目的や結果」や「外部環境」に意識を向けることで、より自動的かつ効率的な運動制御が損なわれないとされています。

エクスターナルフォーカスのメリット

エクスターナルフォーカスは自動的な運動制御を損ないにくいため、パフォーマンスの即時向上、運動学習の効率向上、長期的なスキル定着に効果的と、様々なエビデンスが集積されています(Wulf& Lewthwaite, 2016)。

 

例えば、垂直跳で、指先に意識(インターナルフォーカス)を向けた際と、到達点に意識(エクスターナルフォーカス)を向けた際では、到達点に意識を向けた方が、ジャンプ高が高く、筋の活動レベルの指標も低くなっていました(Wulf et al., 2010)。

 

 

つまり、よりコスパ良く運動ができていたというわけです。他にも、エクスターナルフォーカスを用いることで、以下の効果を得られやすいことが分かっています。

 

・バランス能力向上

・運動の正確性向上
・不要な筋活動の抑制
・最大の力発揮能力向上
・運動スピードと持久力向上
・動作のフォーム改善

 

※Wulf & Lewthwaite(2016)より

 

 

陸上競技におけるエクスターナルフォーカスの例を挙げると…

 

  • コーナーで内傾、滑らかに曲がって!

→「コーナーの遠くを見て!」

 

  • 最大速度へのつなぎを滑らかに!緩やかな前傾姿勢で加速して!

→「ちょっと遠くの地面を見ながら!」

 

  • まっすぐ走って!頭や上体をブラさないように!

→「ゴールだけを見て!」

 

  • (走幅跳で)勢いを保って!腰を乗せて高く!

→「遠くのバスケのリングにダンクする気持ちで」

 

  • (走高跳のはさみ跳びで)バー側の脚を振り上げて!身体全体を使って!

→「くす玉をダブルキックして」

 

 

など、色々な注意の向け方が考えられます。

 

このように、ハイパフォーマンスを引き出しつつ、狙ったスキルを促せるような状況を作り出すには、いかに「動かし方そのものへの意識」を無くして、結果的に目的が達成され得る別の方策を考え出せるかが重要と考えられます。

アフォーダンスを活用しよう

“「動かし方そのものへの意識」を無くして、結果的に目的が達成され得る別の方策”として、活用できるもう一つの方策が、アフォーダンスと呼ばれるものです。

 

アフォーダンスとは「環境が人に対して与える意味」という意味合いの言葉です。例えば、ミニハードルが置かれた環境では、「越えなきゃ」と人は無意識のうちに知覚しますし、坂道を走る際には、「強く地面を押さなきゃ」と勝手に身体は理解しているはずです。

 

このように、練習環境によるアフォーダンスを使えば、人は勝手に特定の動作や力発揮が促される特徴があるため、これを活用すれば、「不要な意識をさせずに」目的のスキル習得を促すことができるというわけです。

 

 

アフォーダンスを用いた練習の例

★「ミニハードル走」をタイムを取りながら実施(選手の意識は「全力で走る」だけで済む)

 

 

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→膝を高く上げて、高い位置から足を落として!踵の引き付けを速く!

 

 

★「片上げハードル」

 

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→抜き足は横に寝せて、リード脚はコンパクトに勢いよく振り上げて

 

 

★スティック保持裸足スプリント(踵から着くと痛いので、自然なフォアフットの接地が促される)

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→腰高で!ブレーキ少なく走る!身体の真下をとらえて!体幹部を直立、安定させて!足部の剛性向上

 

 

★駆け足とび走り

 

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→足を素早く、空中で入れ替えて!前でさばいて!腿上げと接地のタイミングを合わせて!

 

 

★ボールタッチ坂道走(アフォーダンスとエクスターナルフォーカスの組み合わせ)

 

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→膝を高く上げて、踵を速く引き付けて!引き上げと接地のタイミングを合わせて!地面を強く蹴って!

 

 

★ゴムバー越え立幅跳

 

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→着地で足を前に投げ出して!

 

 

★フレキ置き踏み切り

  • 促したい(自動化させたい)動きや力発揮

→高さを出す踏み切り、前へ突っ込む踏切の防止(自然な後傾)

様々な注意の向け方を用いたコーチングの実際について

ここまで紹介してきたように、練習の目的に合わせて「何を意識させるか、させないか」「意識させなくても目的を達成できる状況は作れないか」を日々考えることで、練習の質や効率UPにつながるはずです。

 

特に、多人数に対する指導現場では、一人一人の意識を、声かけを通じて促すことは困難ですし、時間効率も悪くなります。

 

説明が多い(=必要な意識、タスクが多い)と動きもぎこちなく、全力も出しづらくなり、かつ何を目指して練習に取り組めば良いのかが分かりにくくなってしまうことも多いでしょう。

 

特にモチベーションが育ち切っていない小中学生への指導現場では、やる気を保つためにも「タスクの単純化」は重要な視点だと考えられます(特に純粋に運動を楽しみたい小さな子に、細かな意識は苦痛にしかなりません)。結果的に目的のスキル獲得が促され、かつゲーム性があり、身体の動かし方に幅を持たせてあげさせられるような練習の方が、このような集団に対しては、効果的に効率的にスキル習得を進めることができるかもしれません。

 

しかしながら、あくまで筆者の経験ですが、エクスターナルフォーカスやアフォーダンスを用いた指導のみでは、習得され得るスキルが非常に雑、粗削りなままになりやすい印象があります。

 

例えば、ミニハードル走での位置がある程度高い走りが身についていったとしても、膝がまっすぐ上がらなかったり、肩がローリングしてしまったり、足部のローテーションが酷かったり、キチンと股関節から力を生み出せず、膝下ばかりの動きが強調されたままになってしまったり…。そのような個々の部分的な課題改善のためには、また別のアプローチが必要になるでしょう。

 

これに関して、トップレベルのスポーツ選手は、様々な練習、トレーニングに対して、身体内部に繊細な注意を向けていることも多く、その運動に対する内的なイメージ、感覚表現も独特なことが多いです。そのような選手の動きは、たいていの場合、非常に滑らかに、綺麗に見えることが多いのではないでしょうか?簡単なドリルだけでも、見ているだけで感動するほど美しく感じたりします。

 

実際に、明示的なインターナルフォーカスの指示がなくても、アスリートは運動フォームや身体の動き自体に注意を向ける傾向があることが報告されています(Porter et al., 2010)。※この調査結果は、コーチから日常的にインターナルフォーカスの指示を受けていた結果である可能性も高いです。しかし、対象者が全米選手権出場レベルの陸上選手と、非常に高いレベルであることからも、インターナルフォーカスは良くないと一括りにするのはナンセンスでは?とも思えてきます。

 

冒頭部のインターナルフォーカスの紹介部分で述べた通り、直接すぐパフォーマンスの向上にはつながらないけど、改善すると間接的にスキルの質が上がる、傷害予防につながるような体力要因(特定の動作に関わる筋力や、関節の可動性、安定性など)を改善させる際には、インターナルフォーカスが有用な場面は多いと考えられます。

 

その場でのパフォーマンス発揮が目的か?スキル習得が目的か?個々の体力要素の強化改善が目的か?をしっかり見極めて、目的に合わせて注意の向け方や環境やタスクの設定を使い分けられるのが理想的と言えるでしょう。

 

指導する対象者の状況に合わせて、より良い練習を考える手掛かりになれば幸いです。

参考文献

・Schoenfeld BJ, Vigotsky A, Contreras B, Golden S, Alto A, Larson R, Winkelman N, Paoli A. Differential effects of attentional focus strategies during long-term resistance training. Eur J Sport Sci. 2018 Jun;18(5):705-712.
・Wulf, G., & Lewthwaite, R. (2016). Optimizing performance through intrinsic motivation and attention for learning: The OPTIMAL theory of motor learning. Psychonomic bulletin & review, 23, 1382-1414.
・Wulf, G., Dufek, J. S., Lozano, L., & Pettigrew, C. (2010). Increased jump height and reduced EMG activity with an external focus. Human movement science, 29(3), 440-448.
・Porter, J., Wu, W., & Partridge, J. (2010). Focus of attention and verbal instructions: Strategies of elite track and field coaches and athletes. Sport Science Review, 19(3-4), 77.
・Schmidt (1994). Motor learning and performance: from principles to practice. Human kinetics.

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