基礎体力・運動能力が全面的に向上しないケースが多い
スポーツの練習を長時間やっているからと言って、多様な体力、運動能力が向上するとは限りません。
例えば、サッカーならこんなケースが起き得ます。
“小学6年生を対象にした、いわきFCジュニアユースカテゴリーの入団テストの際に、フィジカルテストを行いました。その結果、立ち幅跳びと長座位体前屈が同年代の全国平均値を下回り、小学校低学年平均の結果でした。”
小俣よしのぶ. 「スポーツ万能」な子どもの育て方 (Kindle の位置No.193-196). 竹書房. より抜粋
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入団テストを受けるレベルのサッカー選手であるにも関わらず、下肢筋力や柔軟性が、小学校低学年の平均以下という結果が出た理由は、いったい何なのでしょう?
これにはおそらく、普段の練習のほとんどが、足先でのボールさばきや細かいステップ、キック、パス、持久走ばかりで、大きくジャンプしたり、身体の柔軟性が高まる要素がほとんどなかったから、ということが考えられます。
筆者もサッカー選手のスプリント指導をすることがよくありますが、サッカーばかりやっている選手は、走るときに腕が全然振れない、身体が異常に硬い、お尻や腿裏の筋力が弱すぎる…ということばかりです。他のスポーツでも同様のことが起き得ます。
※サッカーのスキル練習だけでは極端に不足しがちな体力、運動能力があるということです。決して、サッカーの練習が悪いわけではありません。
こんな風に、特定のスポーツの練習で向上するのは、「そのスポーツの練習で良く使う機能だけ」です。
色々なスポーツに参加して、身体能力を多面的に向上させる機会を提供してあげることはとても重要だということがわかります。
内発的なモチベーションの低下
スポーツを始めたばかりの子供は、内発的なモチベーション(自らやりたいと望む動機)が低いことが多いです。
したがって、自分の記録を向上させたい、強くなりたい、上手くなりたい…という、内側から湧き上がるような向上心が芽生える前に、ハードなトレーニングを課すことは、その子に「スポーツをやることは苦しいこと」という強い印象を与えます。
そもそも、すべての子供がトップ選手を目指す必要があるわけではありません。そのスポーツの楽しさ、面白さを見出して、生涯にわたってスポーツに親しむ資質を養うことも、スポーツに触れてもらう指導者、周囲の役割です。
若い才能を早期に発掘しようと、ハードなトレーニングで子供たちをふるいにかけるようなことは、育成段階のスポーツのあり方として好ましくないと考えて妥当でしょう。
怪我のリスク増加
身体も著しい成長段階にある小学生に、高強度で多量のトレーニングを、高頻度で課せば、怪我のリスクが跳ね上がるどころか、トレーニングの効果が得られない、子供の身体の成長を阻害する可能性すら高まります。
骨、筋肉や腱、じん帯、血管、臓器など、身体のあらゆる組織が成長するためにも、「身体づくりに回せるエネルギー(利用可能エネルギー)が余る」ことが重要です。材料とエネルギーが十分になければ、強い身体は作られません。ハードで長時間のトレーニングは、多くのエネルギーを消費するので、この身体づくりに回せるエネルギーが不足しやすくなってしまいます。
また、一つのスポーツ種目に絞ったトレーニングばかりだと、その種目で良く使う部位のみに負荷が集中し、怪我のリスクは高まると考えられます。
身体の色々な部位、機能を使って身体を動かすように仕向け、負荷を分散させて、怪我のリスクを減らすことも、色々なスポーツ種目に触れる大きなメリットです。
子供のトレーニングにおける望ましい考え方
以上のことから、早期に種目を絞ってハードな専門トレーニングを子供のころから課すことは、「基礎体力・運動能力が全面的に向上しにくく、内発的なモチベーションを低下させ、怪我のリスクが増えやすいので避けましょう」ということが基本になっています。
これは、上を目指して頑張りたい!という場合も、まずはそのスポーツを楽しんだり、基礎体力をつけたい!という場合でも同様です。
最近の研究でも、よりトップに登り詰めたアスリートは、幼少期・青年期で様々なスポーツの練習が多く(遊びで触れるレベルではなく、コーチ主導の練習)、メインスポーツの開始が遅く、メインスポーツの練習量が少なく、初期のレベルの向上が鈍かったことが示されています(Barth et al., 2022)。
加えて陸上競技では、日本のトップ選手が、必ずしも幼いころから陸上競技の専門練習を始めているわけではありません。
※特に陸上競技の場合、専門トレーニングの開始は、早いほど良いわけではない。水泳や卓球など、より繊細で特殊な運動感覚が求められるスポーツでは、逆の傾向がみられることも。各スポーツのクラブへの参加しやすさなども関連していると考えられる。