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トップスピード獲得には、身体のより後ろ側までキックできた方がいいのか?~スプリントと離地距離~

スプリントにおける接地距離、離地距離

陸上競技の短距離走は、トップスピードの高さがパフォーマンスを分け隔てる競技です。

 

 

疾走速度は、自分の身体をどれだけ前に加速させられたかで決まります。地面を後ろに力を加えると、人は前に加速するので、どれだけ後方へ力を加え続けられたかが、トップスピードの決め手になります。

 

 

また、地面を後ろに押すには、理屈上、足が重心よりも後ろに位置する時間がなければいけません。なので、効率よく前に加速していくために、接地から離地にかけて、足がそこそこ後ろに残るフォームになるのは必然です。

 

 

加えて、ここで地面を後ろに押している距離(離地距離)が長いというのは、身体を前に加速させるために、合理的な動作のように思えます。実際に、スタート出だしの加速局面では、上体を前傾させながら、接地中にどれだけ重心を前に運ぶことができるか(重心に対して、より後方に足を位置させられるか)、が重要だと示されています(Kugler& Janshen, 2010)。

 


※ここでいう離地距離とは、足が地面から離れる瞬間の、重心から足のつま先までの水平距離のことを指すものとします。(股関節中心からと定義される場合もあります)

 

 

一方、だんだんと速度が高まったトップスピード付近ではどうでしょうか?この離地距離を極力長くし、身体が前方に一歩一歩グングン進むよう仕向けることは、トップスピードを引き上げ、維持するための発想の一つとみなされることはよくあります。

 

 

では、トップスピード付近のスプリント動作において、この離地距離を長くするアプローチは、足を速くするために本当に有効な視点なのでしょうか?今回はこれについて、既存の文献や、中の人なりの経験を踏まえて、考えていきたいと思います。

 

 

参考動画(日本選手権2021:女子100m決勝 ※様々なタイプの選手がいます)


接地距離、離地距離、支持距離とスプリントパフォーマンスの関係

まずは、離地距離や、それに関わる接地距離、支持距離とスプリントパフォーマンスとの関係を検討した、既存の知見を簡単にまとめます。

 

・接地距離も離地距離も、最高疾走速度の高さと有意な相関が見られなかったが、接地期における水平方向の減速力、加速力のピーク値には有意な相関がみられた(福田と伊藤,2004)(対象:男子選手26名,100mPB10.27-11.50秒+女子選手1名,100mPB13.00秒)。

 

・支持距離は最高疾走速度と有意な相関はなかったが、滞空距離が長いこと(宙に浮いてるときに進んだ距離)は、最高疾走速度と有意な相関があった。また、身長比にすると、疾走速度が高いほど、支持距離はむしろ短い傾向があった(福田ほか,2013)(日本、および世界トップ選手10名:100mPB9.85-10.36)。

 

 

・25m走の16m地点における疾走速度はストライドとのみと有意な相関があり、そのストライドは滞空距離の長さと有意な相関があったが、支持距離とは有意な相関がなかった(Hunter et al., 2004)(男女アスリート16名)。

 

・35m走における30-35m付近の疾走速度は、接地距離、離地距離、支持距離と有意な相関はなく、レベルによる有意な差もみられなかった。一方、地面に対して推進力を発揮している時間(離地距離に要する時間)は短いほど、滞空距離は長いほど、疾走速度は高い傾向があった(男子スプリンター50名:100m参考記録12.39±0.71秒)(Paradisis et al., 2019)。

 

と、いったところでしょうか?(他にもあると思います)

 

 

これらのことから筆者は、

 

  • 少なくとも大学生以上、12秒以下あたり?のスプリンターにとって、接地距離、離地距離、支持距離の長さは、高い疾走速度の決め手とはならなさそう。
  • むしろ、世界トップレベルになると、身長に対して支持距離が短いほど、高い疾走速度を獲得している。長い離地距離(地面をより後ろまで押す)は逆に悪影響かも。
  • 離地距離の長さよりも、高い疾走速度のなかで、素早く大きな推進力を生みだせる高速度域での筋力や、その他の技術の改善によって、結果的に接地時間が短く、滞空期のストライドが広がっていくように仕向けていくべき。
  • 離地距離はその中で長くなることも、短くなることも、または変わらないこともあるのではないか。

 

という解釈をしています。

 

 

「疾走動作」において、疾走速度の決め手になりそうなものに、接地直前から、離地にかけての足部の振り下ろし速度や、接地中の脚全体のスイング速度の高さが挙げられます(伊藤ほか,1998;Clark et al., 2020)。

 

 

なので、これまでの知見を鑑みても、やはり一番目的地として考えなくてはならないのは、接地、離地距離云々よりも、実際速く走れていることや、身体重心に対して、脚が素早く強く後ろにスイングされる、もしくは、接地点に対して身体が高速で前に進んでいることだと言えるでしょう。

 

 

参考動画

 

参考記事

 

 

しかし、「接地点に対して身体が高速で前に進んでいる」は、言い換えたら「速く走っている」とも言えるわけで、なんだか「高い疾走速度を獲得するための動作は、速く前に進むことだ!」なんて言っているようで、「じゃあどうしたらいいんや!」の手がかりがなさすぎる…そう感じる人もいるかもしれません。

 

 

今回のテーマは、この「どうしたらいいんや!」に対して、離地距離を伸ばすことは有効なのかどうなのか?について考えることだったので、この離地距離に関して、もう少し深堀りしていこうと思います!

支持距離の長さは、ストライドの長さを介して、疾走速度の向上に寄与する可能性はある

最近の研究(Takahashi et al., 2021)では、男子スプリンター26名(100mPB:10.35-11.33秒)を対象に、最大疾走速度時の支持距離とストライド(r = 0.592, P = 0.001)、ストライドと疾走速度(r = 0.509, P = 0.008)に有意な相関があったことを報告しています。

 

また、ここでの支持距離の長さは、ハムストリングの一つである半腱様筋の相対筋量と有意な相関関係を示したようです。

 

 

 

これらのことから、半腱様筋のサイズは、長い支持距離とそれによる長いストライドを介して、高い疾走速度に貢献している可能性が示唆されています。

 

 

なんでも、半腱様筋はハムストリングのなかでも最も筋線維長が長く、高い収縮速度でも大きな力を発揮でき、膝関節屈曲作用も担う二関節筋として、接地中の膝伸展に抗い、脚を速く強く後方にスイングするのに重要な役割を担っている可能性が高いようです。

 

 

その結果、支持距離(離地距離含む)が長く、ストライドも大きく、疾走速度が高くなった、という理屈には頷けます。

 

 

つまり、これまで紹介してきた知見に反して、「特定の人にとっては支持距離(離地距離含む)の長さは重要かもしれない」「支持距離の長さには、ある筋の能力、特に股関節の伸展、膝屈曲の高速度域での力発揮能力が関与しているかも」ということが伺えるわけです。

 

 

(ここまでくると、もう何が何だか分からなくなってきますね…。ですが、研究とはそういうもので、ある見解を支持する知見が出ることもあれば、それを支持しない結果が出てくるもあって、それが絶えず続いていきます。

 

 

そうして集積された知見を包括的に吟味して、現場経験、感覚とのすり合わせを行いながら、自身なりの現時点での見解を絶えずアップデート、整理し続けること、またそのための能力があることは、指導者として大切なことなんじゃないかなと思っています。)

 

 

で、結局離地距離は長くした方がいいのでしょうか?笑

で、離地距離は長くすべき?(良いキックと、悪いキック)

人によると思います。「~した方がいいのか?」に対する回答は、他のどんな分野、職種であっても、「人による」とせざるを得ないケースがほとんどです。

 

関連記事

 

中の人なりに考えを述べるとしたら、

  • 悪いであろうキックで離地距離が長くなるのはたぶん悪い。
  • 良いであろうキックで、結果的に離地距離が長くなるのはたぶん悪くない。

 

です。

 

 

ただ単に離地距離を伸ばそうと股関節、膝、足首を伸展させようとするよりも、膝の伸展を抑えつつ、股関節を伸展させるような下肢の使い方の方が、より効率的に身体を前に運べることはよく知られています。

 

 

前者の方が足を大きく使えそう、最後まで力が伝わりそうなイメージがあるかもしれませんが、効率的に、足末端のスイング速度を高められるのは後者です。

試しに、下の動画のように体の真下をできる限り高い速度でスイングして、地面の砂を勢いよく払うようにしてみましょう。膝を伸ばすキックをしても、全然上手く砂が払えない(後方へのスイング速度を高められない)ことが分かります。

 

 

参考動画

※これを上手くやるためには、膝を少し曲げた状態で固めたまま、お尻の筋肉を意識して、膝を真下に振り落とす、その勢いを使って膝が曲がりながら、スイングされることになるはずです。膝を積極的に振り出す動作をすると、スイングスピードが上がらないばかりか、ハムストリングを無駄に酷使してしまうことに気付くことができると思います。

 

 

逆に、蹴りだしで膝をピンと伸ばすようにすると、

・力が上に抜ける
・膝関節が後方にシフトし、腿を前に引き出すのに余計な時間を要することになる、いわゆる脚の流れた走りになってしまう

 

…に、つながってしまうと考えられます。

 

 

実際に、疾走速度の高い選手は離地時の膝の伸展角速度が低いこと(伊藤ほか,1998;福田ほか,2008)、世界一流スプリンターでは、接地から離地にかけて膝関節が曲がり続けるキックをしている(福田ほか,2008)ことが確認されています。

 

 

さすがに世界一流選手と同じとまではいかなくても、これに近い動作になるように仕向ける(意識を変える、そもそもの筋力や力発揮のタイミングを改善させるなど)ことで、結果的に離地距離が伸びる、ということは、全然あり得ることだと考えられます。

 

 

逆に、こういう脚の使い方に近づいたとして、離地距離が短くなる、変わらない、なんてことも起き得るでしょう。

 

 

 

 

 

要は、足が速くなっているか(遅くなっていないか)という基準の優先順位を高く保った上で、その動作の良し悪しを判断していく必要があります。陸上短距離のトレーニングでは、「足が速い」ことが何よりも大事だからです。

 

 

まずは効率的に前に進むための動作、速く脚がスイングされる方法を追求する、その結果、「疾走速度が向上する過程で」、離地距離が長くなることが大事だった人もいれば、そこはそんなに関係なかった人もいる

 

 

…というのが、現実をよく反映した表現のような気がします。その人はどうすべきか?の判断は本当にケースバイケースで、選手の癖、レベルや感覚、指導者のそれまでの勘みたいなものを手掛かりに、探っていくほかありません。

良いキックを促すには?

では、その「良いであろうキック」ができるようになるためには、どうしたらいいのでしょう?

 

 

世界一流選手のような「膝が曲がり続けるキック」は、実は歩きながらであればだれでも可能です。何が難しいかというと、「自分の身体を短時間で宙に弾ませつつこれをやる」ことです

 

 

「自分の身体を短時間で宙に弾ませつつ、膝の伸展を抑えたキック」ができるためには、以下のことが必要になるのではないかと思っています。

 

①一瞬で自分の体重を浮かせられる、強靭な下肢の剛性を高める
②四肢を素早くタイミングよくスイングできる能力を高める
③膝の伸展抑制に関わる筋を鍛え、動きの感じを練習する
※細かくしていけば、ほかにもたくさんあるはずです。

 

 

 

陸上競技における技術は、それを達成し得る体力(筋力やパワー、柔軟性、持久力、その他体の機能的な面等々…)があって初めて成せるものが多いと思います。

 

 

結局、現場で実践されているような地道なトレーニング全般、その効果を確実に得るための食事やその他リカバリーに関わることの積み重ねが大事だということになるでしょう。

 

 

また、そのトレーニングの中に、膝の伸展を抑えたスイングの技術要素を含めることも、一つの手段なんじゃないかなと思います。

 

 

洛南高校の柴田先生の著書においても、様々なトレーニングを紹介される中で、「膝を伸ばさない、使わない、股関節を使う」といった旨の記載が多くみられます。(筋力トレーニングの動きを、実際の競技動作に近い形で行うことの是非はひとまず置いておきましょう…)

 

 

参考書籍

 

 

動画(スイング練習)

 

動画(膝固定、牽引ウォーク)

 

動画(ノルディックハム)※先述の半腱様筋への刺激を高められるエクササイズ。肉離れ予防にも。

 

動画(ヒップスラスト)※膝の伸展を伴わない、股関節伸展の筋力トレーニング

 

動画(下り坂スプリント)※進行方向がナナメ下なので、理屈上、膝の伸展が抑えられた動作に近づくと考えられる。

疾走速度に対して有意な相関がない、差がない動作はイジるべきではないのか?

疾走速度と相関がある、レベルによって差がみられる動作、力発揮能力、形態要因、その他諸々…というのは、速く走るトレーニングを考える上で重要な手がかりです。

 

 

だからと言って、「有意な相関、差が確認できている要因以外にアプローチするのは間違いである」とはなりません。

 

 

今回の離地距離に関してもそうですし、腿の高さや、腕振り、離地距離、接地距離、姿勢等々、これらは明確に疾走速度と統計学的に有意な関連性がみられる項目とは言い難いです。

 

 

にも関わらず、上記項目を操作することは、現場で多く実施されているはずです。

 

 

横断研究で疾走速度と相関のあった要因の改善は、大事な目的地としてみなせはするけど、その要因を改善するための手がかりは、案外別のところにあったりするのものだと現場経験的に理解されているからではないでしょうか?

 

 

例えば、アマチュアアスリートを対象に、「理学療法的アプローチ+身体の前での動きを強調したスプリントトレーニング+筋力トレーニングプログラム介入」をすることで、疾走速度の改善とともに、下図のような動作の改善がみられています。

 

 


※フロントサイドメカニクスを強調するアプローチは、骨盤前傾によるハムストリングの伸張を抑え、ハムストリングの肉離れリスクを減らせるかもしれない、というメリットも含んでいます。

 

 

ここで見られた、腿の高さ増加、骨盤を立てた姿勢への改善、左右膝距離の減少は、果たしてこれまでの研究で、疾走速度に対して有意な相関、有意な差が明確にみられた項目だと言えるでしょうか?(有意ではありませんでしたが、接地距離にも大きな差がみられています。離地距離もおそらく短縮されているのではないかと思います)

 

 

バイオメカニクスの知見は地図だと言われます。動作の最終的な目的地への手がかりは得られるけど、そこへの行き方は非常に個別的です。バイメカの知見的には全然見向きもしなかったところに、その人にとっての、速く走るためのキーポイントが潜んでいるかもしれません。

 

 

以下はただの経験談、感想ですが、

・「地面を最後まで押し切る意識で走った方が、感覚もタイムも良かった」という方もいましたし

 

・「疾走速度は改善されたのに、接地中の膝の屈曲―伸展動作が逆に大きくなった」なんて話も聞いたことがありますし

 

・「疾走速度と直接関連のある動作に直接アプローチする方が、経験的には上手くいかないことの方が多い」ように日々感じますし

 

・「小中学生であまり走るのが得意でない子では、離地距離が全然伸ばせないことが多いので、離地距離が自然と変わっていくような、しっかり地面を蹴りだせるだけの股関節伸展、膝屈曲、足底屈に関わる筋力、パワーを高める運動をたくさんやるのが良いだろう」

 

・「フィジカルが大事だと言って、フルスクワットばかりで、広筋群が余計に肥大し、一方で腸腰筋やハムストリングが鍛えられていないと、初期加速は良くなるけど、トップスピードはほぼ上がらないか、むしろ下がる。膝の伸展も助長されて離地距離も短くなる感じがする」

 

…なんてことも日々感じています。ただの「感じ」なのであくまで参考程度に…。既存の科学的な知見のみで示すことのできる正しい方向性と、その人にとっての正しい方向性が一致しないことはしばしばある話だと思います。

 

 

以上、今後の練習、指導の参考になされてみてください!

最後にすごく重要なこと

良くわからなかったら、とにかく「気にしない」ことが大事だと思います。

 

「余計なことは考えずに、普段の練習に集中」しましょう!笑

参考文献

・Kugler, F., & Janshen, L. (2010). Body position determines propulsive forces in accelerated running. Journal of biomechanics, 43(2), 343-348.
・福田厚治, & 伊藤章. (2004). 最高疾走速度と接地期の身体重心の水平速度の減速・加速: 接地による減速を減らすことで最高疾走速度は高められるか. 体育学研究, 49(1), 29-39.
・福田厚治, 貴嶋孝太, 浦田達也, 中村力, 山本篤, 八木一平, & 伊藤章. (2013). 一流短距離選手の接地期および滞空期における身体移動に関する分析. 陸上競技研究紀要, 9, 56-60.
・福田厚治, 伊藤章, 貴嶋孝太, 川端浩一, 末松大喜, 大宮真一, ... & 田邉智. (2008). 男子一流短距離選手のキック動作の特徴. Bulletin of Studies, 4, 67-71.
・Hunter JP, Marshall RN, McNair PJ. Interaction of step length and step rate during sprint running. Med Sci Sports Exerc. 2004;36(2):261–71. pmid:14767249
・Paradisis, G. P., Bissas, A., Pappas, P., Zacharogiannis, E., Theodorou, A.,& Girard, O. (2019). Sprint mechanical differences at maximal running speed: Effects of performance level. Journal of sports sciences, 37(17), 2026-2036.
・Clark, K. P., Meng, C. R., & Stearne, D. J. (2020). ‘Whip from the hip’: thigh angular motion, ground contact mechanics, and running speed. Biology open, 9(10), bio053546.
・Mendiguchia, J., Castaño-Zambudio, A., Jiménez-Reyes, P., Morin, J., Edouard, P., Conceição, F., Tawiah-Dodoo, J., & Colyer, S. L. (2022). Can We Modify Maximal Speed Running Posture? Implications for Performance and Hamstring Injury Management, International Journal of Sports Physiology and Performance, 17(3), 374-383. Retrieved May 12, 2022, from https://journals.humankinetics.com/view/journals/ijspp/17/3/article-p374.xml
・Takahashi K, Kamibayashi K, Wakahara T (2021) Muscle size of individual hip extensors in sprint runners: Its relation to spatiotemporal variables and sprint velocity during maximal velocity sprinting. PLoS ONE 16(4): e0249670. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0249670

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