陸上競技のバイオメカニクスから分かること

陸上競技のバイオメカニクスとは




陸上競技のバイオメカニクスとは?

 

 

 

スポーツバイオメカニクスとは?

 

スポーツバイオメカニクスは、力学的な面からスポーツにおける身体運動を研究する、スポーツ科学の中の領域の一つです。バイオ(bio=生体)メカニクス(mechanics=力学) =「生体力学」と呼ばれる学問領域で、しばしば「バイメカ」と略されます。

 

 

バイオメカニクスは、「人間をはじめとする生体の構造や機能を,力学的な観点から解明しようとする学問」です(深代,2010)。そしてこれをスポーツに応用したものが「スポーツバイオメカニクス」と呼ばれています。

 

 

簡単に言うと、スポーツの動作中に身体の動きがどうなっているか、どんな力が発揮されているかを分析していくことです。短距離走で言うと、「足が速い人の動作や力発揮(その他諸々の要因)はどうなってるの?」を明らかにするものです(それだけではありませんが)。

 

 

しかし、この研究で示される知見を表面上の理解のみで指導やトレーニングに持ち込むと、かえって悪い結果を生んでしまうことも考えられます。

 

 

これは、ヒトの運動が、その人の「感覚」によって実行されているからです。

 

 

 

スポーツバイオメカニクスは地図である

 

バイオメカニクスが主に解明してくれるのは、速い人の動作や力発揮(ピッチやストライド、その他諸々)がどうなっているかです。言い換えると、「どういう動作や力発揮ができれば速く走れるのか(動作や力発揮の目的地)を教えてくれることになります。

 

 

しかし、「研究によって、足の速い人は動作Aをしていたことが解明された」からといって、「じゃあ動作Aをするためにはどうしたらいいの?」について教えてくれるわけではないのです

 

 

つまり、バイオメカニクスの知見は「あなたが速く走る方法(目的地への行き方)」を教えてくれません。

 

 

 

では、スポーツバイオメカニクスは役に立たないのでしょうか?

 

 

決してそんなことはありません。

 

 

目的地が分かっていれば、トレーニングの方向性が定まりますし、どういう動作は良くないのかが分かります。すると、どういうトレーニングが大事なのか推測ができるのです。スポーツバイオメカニクスの知見は、そのための手掛かりになり得ます。ただ、この推測には注意が必要です。

 

 

 

 

スポーツバイオメカニクスは「取り扱い注意」

 

先述した通り、バイメカは動作の目的地への行き方を教えてくれません。しかし、バイメカの知見は目的地に行くための手掛かりにはなるため、想像力を生かして目的地への行き方を色々と思案するのが人間です。

 

 

しかし、ここで考えたトレーニング方法が、パフォーマンスを向上させるとは限らず、解釈を間違うとかえって悪影響を与えることさえあると考えられます。

 

 

 

 

例①「最大スピードが高い人は、接地直前―接地中の脚の後方スイングが速い」(伊藤ほか,1998)

 

走りの最大スピードが高い人は、接地直前―接地中の脚の後方スイングが速いという知見があります(伊藤ほか,1998)。

 

 

この知見から、「脚の振り下ろしを意識して、地面を叩くように、強く後ろにスイングする意識したら、速く走れるのでは?」と考える人は少なくありません。

 

 

 

 

 

しかし、地面を叩く意識をすると、同じ速度でも地面に伝わる力を大きくできますが、これが効率の良い走りとは言い難いです(坂田ほか,2018)。走っている力感は増すかもしれませんが、速く走れるようになるかは分かりません。

 

 

そもそも、実際は足が後ろにスイングされているというよりも、「接地位置に対して体が前に進んでいる」という表現の方が正しいという考え方もできます。

 

 

 

 

このようなことから、地面を強く叩いたり、蹴り切ったりするような「意識」には、否定的な見解も多いようです。正しいとも、間違っているとも言えません。このように、バイメカの知見を「意識と強引に結び付けない」ことに注意が必要です。

 

 

 

例②足が速い人は,離地時の膝や足首の伸展が小さい(伊藤ほか,1998)

 

足が速い人は、離地時の膝や足首の伸展が小さいという知見があります(伊藤ほか,1998)。

 

一流選手では接地中に、むしろ膝が曲がり続けるような動作がみられるようです。この動作によって、効率よく前に進むことができると考えられています。

 

 

 

 

そして、このことを知ると、「膝や足首を伸ばすように使ってしまいやすくなるスクワットや坂ダッシュ等のトレーニングは良くないのでは?」と考える人が必ず出てきます。

 

 

しかし、スクワットの拳上重量が上がるほどスプリント能力は高まること(Seitzほか,2014)や、坂ダッシュやスレッド走はスプリント加速能力向上に効果的であることは、多く報告されています(Tziortzis,1991;Paradisisほか,2009;Morinほか,2017)。

 

 

※Morinほか(2017)より

 

 

また、短い接地時間で体を支える、つぶれにくい脚、加速力を生み出す股関節の筋肉を鍛えるためにも、こういうトレーニングは効果的だと考えられます。逆にこういう能力に乏しいと、一流選手のような動作はできません。

 

このように、バイメカの知見を「他のトレーニング動作や力発揮と強引に結び付けない」ことは非常に重要なことです。

 

 

 

バイメカは「現象」を捉える知見

 

「スポーツ動作」は色んな要素が複雑に絡み合って生まれた一つの「現象」です。バイメカの知見は動作や力発揮の目的地やそこへの行き方の手掛かりは示してくれますが、バイメカのみで、じゃあどうすればいいの?(有効なトレーニング・意識)について、あれこれ言及するには限界があります。

 

 

 

 

力の発揮や動作はヒトの「感覚」によって、なされるものです。この「感覚」と「実際の動作や力発揮」には「ズレ」が存在します。バイメカの知見をトレーニングに生かすためには、目標の動作の構造、仕組みを知っておく必要があるでしょう。その動作を達成するために必要なのは「意識を変えることなのか?」「筋力を高めることなのか?」または、「筋肉の柔軟性なのか?」。

 

 

これらをきちんと仕組みから考えて、整理できなければ「この練習は、この選手には合っていた。しかし、あの選手には合わなかった」という問題が起きます。なぜ、合う、合わないが起きたかが説明できるためには、知識という名の引き出しが必要です。そういった意味でも、スポーツバイオメカニクスの知見を深めておくことは非常に重要なことだと言えるでしょう。

 

 

知識を蓄え、実践を繰り返しながら、技術の最適化を図っていかなければなりません。

 

 

 

合わせて読みたい!

・足が速い人の特徴「陸上短距離におけるフォームの科学」

 

・足の速さとピッチ・ストライドの関係は?(陸上短距離の回転数と歩幅)

 

・ももを高く上げると速く走れるのか?(短距離走ともも上げの科学)

 

 

 

参考文献

・深代千之, 川本竜史, 石毛勇介, & 若山章信. (2010). スポーツ動作の科学 バイオメカニクスで読み解く.

 

・伊藤章, 市川博啓, 斉藤昌久, 佐川和則, 伊藤道郎, & 小林寛道. (1998). 100m 中間疾走局面における疾走動作と速度との関係. 体育学研究, 43(5-6), 260-273.

 

・Seitz, L. B., Reyes, A., Tran, T. T., de Villarreal, E. S.,& Haff, G. G. (2014). Increases in lower-body strength transfer positively to sprint performance: a systematic review with meta-analysis. Sports medicine, 44(12), 1693-1702.

 

・Tziortzis S. Effects of training methods in sprinting performance. Doctoral Dissertation. University of Athens, Dept. of Physical Education and Sport Science, Athens, Greece. 1991.

 

・Paradisis, G. P., Bissas, A., & Cooke, C. B. (2009). Combined uphill and downhill sprint running training is more efficacious than horizontal. International journal of sports physiology and performance, 4(2), 229-243.

 

・Morin, J. B., Petrakos, G., Jimenez-Reyes, P., Brown, S. R., Samozino, P., & Cross, M. R. (2017). Very-heavy sled training for improving horizontal-force output in soccer players. International journal of sports physiology and performance, 12(6), 840-844.

 


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