400mハードルでは、トラックを1周しつつ35m間隔で並べられた10台のハードルを越えていかなければなりません。
この競技でのハードリングは、直線競技の110mハードルや100mハードルとは違い、コーナーでのハードリングが必要となります。
選手や指導者の経験的にも、コーナーでのハードリングはより内側のレーンほど難しくなることは容易に推測できますよね?
400mハードルに限らず、コーナーを伴う種目の選手は、1レーンや2レーンを嫌うはずです。
さらに、400mハードルにおいて選手が気にするのが競技場の風向きやその強さでしょう。
バックストレートやホームストレートで強烈な風が吹いている場合、その日の主観的なペース配分や歩数の配分を変える必要も出てきます。
このように、選手が走るレーンや風向き、風力というのは400mハードル選手にとって大きな影響を与えます。
では、この400mハードル選手を取り巻く外的な要因(風、レーン、標高など)がレースのタイムに与える影響はどの程度なのでしょうか?
また、最も記録が望めるグラウンドコンディションはどういった条件なのでしょうか?
Quinn(2010)は、400mハードルのタイムをシミュレートする数学的モデルを作り、風の状態や標高、レーンの違い、ハードルクリアランスの高さがタイムにどう影響するのかを調べています。
この研究では、無機的エネルギー、有機的エネルギーによる選手の推進力、そして風や、ハードリングによる抵抗力から選手のレース中の加速度を導く式をたて、1988年ソウル五輪の400mハードルのメダリスト男女3人ずつの平均データ(速度推移や身体特性)を基に、シミュレーションを行っています。

この方程式で、風やレーン,標高、ハードルクリアランスの高さを変化させることでタイムがどの程度変わるかを検討しました。
レース中,各方向に2m/sの風が吹き続けた場合の記録変化の予測
※Quinn(2010)より、筆者が翻訳
シミュレーションの結果、すべてのレーンにおいて、風向きが最も悪く働くのは-30°から30°で、良く働くのは220°から260°でした。
-30°から30°の風は、バックストレートが向かい風になるような風、逆に220°から260°の風は、バックストレートが追い風になる風です。
また、外側のレーンほど,風向による利得が大きいことが分かります。
そして、このモデルでは、θ= 240°の方向に2.3 mまでの風速は、風が全くない場合よりも速いタイムを生み出すことが予測されています。
例えば、レーン8では、θ= 240°で風速が2mのとき、男性と女性の両選手は約0.05秒速くなるようです。
レーン1、2および3では、θ= 240°の方向から吹き出す軽い風(0.1-1m)の条件下で、風のない状態よりタイムがわずかに速くなるとされています。
風の強さや方向が変化する場合は?
実際の400mハードルのレース時間は50秒から60秒程度かかり、その間に風の向きや強さも変化することが考えられます。
そこで、風が変化する場合の各レーンのタイムへの影響についても検討がなされています。
その結果、レース前半200mは無風状態、続く後半200mは2mの風(θ= 0)が吹いた時、バックストレートで向かい風になるような1mの一定の風が吹き続けた時よりも0.15秒早いタイムになると予想されました。
また、前半はθ= 180°、後半はθ= 270°の2mの風では、レース中一定の方向(θ= 225°)に吹く条件下よりも最大0.22秒速いとされています。
※Quinn(2010)より、筆者が翻訳
このように、このモデルから得られた結果は、バックストレートから第2曲走路へかけて、やや追風の条件が、400mハードラーに有利であることを示しています。
これはホームストレートで向風になることを意味しますが、レース前半で短縮されたタイムで十分補えるということです。
一定の風が吹いている場合の各レーンにおける最適条件はこのようになるようです。
※Quinn(2010)より
400mのハードルでは、中央レーン(3、4、5、または6)を好む選手も多いことでしょう。
これは決勝レースでのシードレーンとして使用され、自分のパフォーマンスを判断するために外レーンの選手を使うことができるので、心理的または戦術的な面からはメリットがあるからという理由からでしょうか。
しかし、今回のモデルは、外側のレーンがシードされたレーンよりも速く、有利に働くことを予測しました。
これは、内側レーンは曲率が高く、アスリートの最高速度を低下させるためです。
風のない条件での標準的なトラックでは、レーン3のレーン8のタイムの有利度合いは、男性の場合0.15秒、女性の場合0.12秒でした。
さらに、風の状態はこの差を増減させ、外側のレーンほど風による恩恵を受けやすいということが示されています。
ハードルクリアランス、標高による影響
このモデルでは、ハードルクリアランス高さが10%減ることで、レース時間が0.2%向上することを予測しています。
男性の場合、クリアランス高1センチメートル変化が、レースタイムを0.03秒(女性の場合0.04秒)短縮させるようです。
この差が大きいとみるか、小さいとみるかはその人次第ですが…。
また、標高が高いほど、その空気の密度の低下によりレースのタイムは良くなるようです。
2000メートルの高さでは、男性は0.21秒、女性は0.24秒有利になると予測されています。
おわりに
この研究は世界一流競技者がハードル間を一定の歩数で走りきった場合のデータを基に、モデル化しています。
対象のデータが違えば、予測される結果も変わるはずです。
また、ハードルクリアランスの高さ=ハードルクリアランステクニックではありませんし、踏切、着地でのブレーキやクリアランス後の再加速や歩幅調整など様々な要因が関わります。
あくまで、本研究設定での結果だということは知っておいてください。
とは言っても、1レーンと8レーン、競技場によっては9レーンでのタイムに及ぼす影響は軽視できるものではありません。
1レーンで最悪の風だった場合と8レーンで最高の風だった場合では1秒近くの差が生まれるわけです。
「今日はタイムが出ないかも」とこのような研究結果を知ってしまったばっかりに、モチベーションが下がってしまうかもしれません。
その日のレーンや風の状態を、選手がコントロールできるわけではないので、知ったところでどうしようもないかもしれませんが・・・。
逆にシードレーンではなかった場合でも「お、今日は好タイムが望めるかも」とモチベーションが上がることくらいにはつながるのではないでしょうか?
その日の状況を的確に判断して、レースのイメージを膨らませる能力を日々磨いていきましょう。この能力は400mハードラーにとって非常に重要なはずです。
中の人のレース動画です。モチベーションUPにどうぞ
参考文献
・Quinn M.D.(2010)External efforts in the 400-m hurdles race.J. Appl. Biomech.,26(2):171-179.