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身体が硬い方が足が速い?(短距離・中長距離走と柔軟性の科学)

身体が硬い方が足が速い?(短距離・中長距離走と柔軟性の科学)




スポーツトレーニングの現場では、身体が硬いとケガをする、パフォーマンスが上がらない、ストレッチをして柔軟性を向上させることは必須だ!と、しばしば言われることがあります。

 

 

実際に、足首が硬かったり、ももの裏、股関節の前部分の筋肉の柔軟性が低かったりすることは、ジャンパーズニーという膝のケガや、ハムストリングの肉離れのリスクに関係があることが示されています(FreckletonとPizzari,2012;BackmanとDaelson,2011)。

 

 

また、当然柔軟性が低すぎて、スポーツ競技中の可動域が必要以上に制限されてしまえば、それはパフォーマンスに悪影響です。

 

 

このように、柔軟性を高めることはスポーツのパフォーマンスを高めるうえで、良いことが多いと考えられています。

 

 

しかし、特に陸上競技の走種目では、柔軟性が高い、つまり身体が柔らかいと、逆にパフォーマンスに悪影響を与えてしまう可能性があることも分かっているのです。

 

 

ここでは足の速さと身体の柔らかさの関係について紹介していきたいと思います。

 

 

 

足の速さと身体の柔らかさの関係

身体が硬いほど、ランニング効率が良い?

 

Craibほか(1996)の研究では、身体の可動域とランニング効率との関係について調べています。

 

 

ここでの可動域のチェックは、体幹の回旋、ももを曲げる、体幹を横に倒す、膝の胸への引き付け、股関節を横に開く(股関節の外転)、長座体前屈、足を伸ばしたまま挙げる、足首の底屈、背屈…を用いて行われました。

 

 

 

※Craibほか(1996)より引用

 

 

 

また、ランニングの効率の指標としては、全力よりも遅い速度(4.13m/s)でのランニング時に、どの程度の酸素を利用しているかで決められています。

 

 

これらの関係を調べた結果、特に股関節を横に開く可動域(股関節の外転)と、つま先を挙げる動作(足の背屈)の可動域が小さいほど、ランニング効率が良いという結果が得られました。

 

 

このことから、股関節が硬かったり、足首が硬い方が、ランニング効率は良いのではないか?ということが考えられます。

 

 

 

足首が硬いほど、5000m走のパフォーマンスが良い?

 

次に、Uenoほか(2018)の研究では、陸上競技の長距離選手や、非競技者を対象に、足背屈(つま先を挙げる)の硬さと、5000m走のパフォーマンスやランニング効率との関係を調べています。

 

 

この研究では、足首の硬さの指標として「スティフネス」というものが用いられています。このスティフネスとは、関節角度を1°変化させるのに、どれくらいの力を加えないといけないかを表すものです。つまり、スティフネスが高いほど、足首を曲げるのに大きな力が必要になるということです。ここでは、足に力を入れていないときのスティフネスで、調査がされていました。

 

 

そして、この結果、足背屈のスティフネスが高いほど、5000m走のパフォーマンスが良く、ランニングの効率も良いということが分かりました。また、トレーニングを行っている長距離選手は、トレーニングをしていない人たちよりも、足背屈スティフネスが高いことが分かりました。

 

 

 

※Uenoほか(2018)より:縦軸は足関節の硬さ度合い(スティフネス)を表しており、5000m走の記録が良い群の方がスティフネスが高い

 

 

 

以上のことから、トレーニングを実施している選手は足首が硬く、その中でも長距離走のパフォーマンスが高いものほど足首が硬いということが分かります。

 

 

以上のことから、ランニングに関しては、特に足首の硬さが有利に働く可能性は非常に高いと言えます。

 

 

 

 

足首の筋肉が硬いほど、400m走のタイムが良い?

 

では、短距離走ではどうでしょう?

 

 

小田(2018)では、陸上競技の400m走のタイムが良いほど、ふくらはぎの筋肉(つま先を下げるのに働く筋肉)のスティフネスが高いことを示しています。また、小学生についても、短距離走が速いほど、ふくらはぎの筋肉のスティフネスが高いようです。

 

 

このことから、筋肉が硬くて、引き伸ばされにくいほど、足が速い傾向があることが分かります。一方、これらの関係は「腱の硬さ」とはみられていないことから、足の速さにより関係するのは「筋肉の硬さ」であると考えられます。

 

 

 

 

なぜ、身体が硬いと走りの効率が良いのか?

 

なぜ、短距離走、長距離走などのランニングでは、足首(またはその他の部位も?)が硬いほどパフォーマンスが良い傾向があるのでしょうか?

 

足首のバネの力を効率よく使える

 

ヒトは走っているとき、足首で大きな力を発揮する必要があります。走る速度が高くなればなるほど、足首を瞬間的に硬くして、バネのように使えることが重要になってきます。

 

 

走っているときに足首が固定できないと、接地の際にグニャっとつぶれてしまい、自分の体重を支えて、かつ宙に浮かせるために、時間がかかってしまいます。すると、一歩に時間がかかってしまったり、上にぴょんぴょん跳ねるだけのランニングになってしまったりと、スムーズに身体を前に運ぶことができなくなるわけです。

 

 

なので、速く走るためには、足首を瞬間的に硬くできる能力が非常に重要になってきます。

 

 

そして、足首を瞬間的に硬くして、バネの力を引き出すために重要な役割を担っているのが、ふくらはぎの筋肉アキレス腱です。接地の瞬間にふくらはぎの筋肉を硬くすることができれば、地面に足が着いているときに、アキレス腱が瞬間的に引き伸ばされます。アキレス腱は引き伸ばされると、パチンコのように勢いよく縮む特性があるので、勝手にエネルギーを生み出して、地面を蹴りだすことができます(下図参照)。

 

 

 

 

 

このとき、筋肉を一瞬で硬くできないとアキレス腱よりも、筋肉が多く伸ばされてしまい、このバネの力を上手く使うことができません。また、筋肉を一瞬で硬くする、だけでなく、もともと硬いことも、このバネの力を引き出すのに有利に働くと考えられます。

 

 

また、足首だけでなく、ランニング中に上半身や下半身の動きを切り返したりするのにも、ある程度の身体の硬さが有利に働く可能性も考えられます。ランニングにおいては、「身体は柔らかければ柔らかいほど良い!」というわけではないことは、頭の片隅に置いておくべきでしょう。

 

 

 

 

ケニア人はふくらはぎの筋肉が硬く、腱が柔らかい

 

アキレス腱のバネを使えている人の足部の特徴として、筋肉が硬く、腱は柔らかいということが挙げられます。実際に、ランニング効率が非常に優れたケニア人選手では、日本人選手と比較して、ふくらはぎのスティフネスが非常に高く、逆に腱組織は柔らかいと言われています(小田,2018)。

 

 

このような選手は、筋肉がもともと硬いため、ふくらはぎで意図的に力を発揮しなくても、アキレス腱を引き伸ばしやすい状態になっていると言えます。さらに、アキレス腱自体も柔らかいので、効率よくアキレス腱にエネルギーを蓄えられるのでしょう。

 

 

加えて、ケニア人選手ではつま先をちょっと挙げた状態でも、それ以上足首を曲げるのに相当な力が必要になる、いわゆる足首の「たるみ、あそび」と言われるのもが非常に小さいことも示されています。これは、接地の瞬間の足首の角度くらいの状態でも、足首を曲げるのに非常に大きな力が必要になる…つまり、やはり意図的に力を入れようとしなくてもこの時点ですでに足首が固められているということになるわけです。

 

 

 

硬いバネを鍛えるためには?

 

このような足首の硬さというのは先天的ものでもありますが、後天的に獲得できる可能性も十分あります。スティフネスというのは筋肉が太いほど大きくなりやすいということもあるので、筋力トレーニングを行い、筋肉量を増やすというのも一つの手です。

 

 

また、ジャンプなどのプライオメトリックトレーニングも、このスティフネスを高めるのに有効だと考えられます。地道にトレーニングを繰り返すことは当然必要なことでしょう。

 

 

 

参考動画(アンクルホップ:できるだけ膝が曲がらないようにするのが好ましい)

 

 

 

また、日常的にストレッチを行い柔軟性が改善すると、腱の力を上手く利用する能力が低下してしまい、パフォーマンスに悪影響を与える可能性は否めません。

 

 

とはいっても、特定の可動域が制限されていて、それが傷害リスクにつながっている、パフォーマンスを制限している可能性が高ければ、それは大いにストレッチを実施すべきと言えるでしょう。

 

 

 

まとめ

 

・ランニングにおいては、下肢の柔軟性が低い、特に足首が硬いほどパフォーマンスが高い傾向がある。

・その理由には、筋肉硬いことにより、腱をバネのように使いやすくなっていることが挙げられる。


・身体の硬さは、高いパフォーマンスと関連している可能性もあるので、やみくもに「スポーツ選手ならストレッチをして、身体は柔らかくしなければならない!」という考えを持つのは危険。

 

 

参考文献

・Freckleton G. & Pizzari T. (2012) Risk factors for hamstring muscle strain injury in sport: a systematic review and meta-analysis.. British Journal of Sports Medicine. published online July 4.
・Backman, L. J., & Danielson, P. (2011). Low range of ankle dorsiflexion predisposes for patellar tendinopathy in junior elite basketball players: a 1-year prospective study. The American journal of sports medicine, 39(12), 2626-2633.
・Craib, M. W., Mitchell, V. A., Fields, K. B., Cooper, T. R., Hopewell, R. E. G. I. N. A., & Morgan, D. W. (1996). The association between flexibility and running economy in sub-elite male distance runners. Medicine and sciencein sports and exercise, 28(6), 737-743.
・Hiromasa Ueno, Tadashi Suga, Kenji Takao, Takahiro Tanaka, Jun Misaki, Yuto Miyake, Akinori Nagano, Tadao Isaka (2018) Potential Relationship between Passive Plantar Flexor Stiffness and Running Performance.Int J Sports Med. 39(03): 204-209.
・小田俊明(2018)筋腱の力学的性質とランニングにおけるその重要性.スプリント研究,27:19-25.

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