陸上競技の長距離種目や、スキーのクロスカントリー、トライアスロンなどでは一定のスピードを長く持続させるための持久力が求められます。
持久力は、持久的な運動を行ってトレーニングすることができます。一方、自体重を移動させる競技(陸上の中長距離、トライアスロンなど、走ったり自転車を漕ぐ競技)であれば、食事制限によって、体脂肪を落としていくことによっても一定のスピードにおける持久力を高めることができます。
しかし、これ以外にも持久パフォーマンスを改善させる食事戦略があります。それが、「Training-high・Sleep-low」という方法です。この食事方法をきちんと理解するために、まずは持久力はどのようにして高まるのかを理解していきましょう。
持久力向上の鍵はミトコンドリアや筋グリコーゲンを増やすこと
ヒトは筋肉を動かすために、糖質や脂質を使ってエネルギーを作り出しています。ヒトには、このエネルギーを生み出す方法が大きく2種類あり、それが「無酸素性のエネルギー供給系」と「有酸素性のエネルギー供給系」です。
無酸素性のエネルギー供給系
無酸素性のエネルギー供給は、筋肉の中のクレアチンリン酸やグリコーゲンといったエネルギー源を分解して大きなエネルギーを生み出します。
この過程では酸素を必要としませんが、あまり長続きしません。クレアチンリン酸の貯蔵には限度があることや、グリコーゲン(糖)の分解を促す酵素が働きにくくなることが原因です。
このように無酸素性のエネルギー供給系は、大きな力は発揮できるが、あまり長続きしないエネルギー供給の仕組みだと言えます。
有酸素性のエネルギー供給
一方、有酸素性のエネルギー供給では、筋肉のグリコーゲン(糖)や脂質を、酸素を利用する事で分解して、エネルギーを生み出す仕組みです。
これは筋肉の中にあるミトコンドリアの中で行われます。無酸素性のエネルギー供給と違って、酸素を使ってエネルギーを生み出していくため、酸素と糖・脂質が枯渇しない限り、長くエネルギーを生み出すことができます。
しかし、有酸素性のエネルギー供給は非常に手間がかかるため、エネルギーの供給速度は遅いのが特徴です。そのため、大きな力を発揮できません。
有酸素性のエネルギー供給は、大きな力発揮はできないが、長続きするエネルギー供給の仕組みだと言えます。
そして、陸上競技の長距離種目やトライアスロンなどに求められる持久力を改善させるためには、この有酸素性のエネルギーを多く生み出すことが重要です。
長続きするエネルギー供給の仕組みをより使って、大きな力を発揮できるようになれば、高い速度を長く維持できるようになるからです。
この、有酸素性のエネルギーをより多く生み出すためには、ミトコンドリアのサイズを大きくし、数を増やしていくことが必要になります。では、このミトコンドリアのサイズや数を増やしていくためにはどのようなことをしたらよいのでしょうか?
ミトコンドリアのサイズを大きくし、数を増やす方法
ミトコンドリアのサイズや数を増やしていくためには、日々の持久トレーニングを積み重ねることが必要です。
持久トレーニングを行うことによって、そのエネルギー源である筋肉の中のグリコーゲン(糖質)が減っていきます。加えて、エネルギー源であるアデノシン三リン酸が分解されるときに生産される、アデノシン一リン酸(AMP)という物質が増えていきます。
この、グリコーゲンの減少やAMPの蓄積が、ミトコンドリアを増やす刺激になっていることが分かっています(寺田と東田,2013)。また、このような刺激は筋肉のグリコーゲンの貯蔵量を増やすためにも重要です。
ということは、筋肉のミトコンドリアを増やして、持久力を向上させるためには、エネルギー源であるアデノシン三リン酸やグリコーゲンを減らし続けるような刺激が重要であることが分かります。
これは、ランニングなどを長時間続けたり、少し高いスピードで呼吸が乱れる程度のスピードでできる限り長く走ったり、きつくてスピードがやや落ちてしまうような運動を多く繰り返すことで達成できます。普段実施している持久トレーニングのほとんどは、これにあたるものでしょう。
持久トレーニングの効果を高める食事方法
持久トレーニングを行い、筋肉のグリコーゲンが減った状態が、ミトコンドリアの増加を促すスイッチを入れます。ということは、このグリコーゲンが減った状態をより長く保つことができれば、ミトコンドリアを増やすスイッチが入った状態が長く保たれ、より持久力向上につながるのではないでしょうか?
これを利用したのが、「Training-high・Sleep-low」という食事方法です。
簡単に説明すると、強度の高いトレーニング時には、エネルギー源である糖質を多く摂取した状態でトレーニングを行い、グリコーゲンが減った状態を保つために、トレーニング後の糖質摂取を減らす、という方法です。これによって、ミトコンドリアが増えやすい状態を長く保ち、よりトレーニング効果を得ることができると考えられています。
具体的には、高強度のトレーニングを行い、その日の夕食は炭水化物を少なくし、タンパク質を多く摂取します。
その状態で睡眠をとり、次の日の朝に低強度のトレーニングを長い時間行い、さらにグリコーゲンを減らしていきます。ここでは高い出力を引き出すための筋グリコーゲンが減った状態にあるため、高いスピードで多量のトレーニングを行うことは難しいでしょう。
その後の食事は、午後や次の日のトレーニングに向けて糖質を多く摂取する…というサイクルを繰り返します。
これによって、1日の炭水化物の総摂取量は変わらずとも、普通に食事をとるよりも、持久パフォーマンスが向上したことが報告されています(Marquetほか,2016)。
個人にあった食事方法をデザインしよう
この方法は、炭水化物を少なくすれば、持久力が向上のしやすくなる…という代物ではありません。高強度のトレーニング後の、筋グリコーゲンが少なくなった状態を長く維持することが重要です。
そして、強度の高いトレーニングの前には、再度炭水化物を摂取して、筋グリコーゲンを蓄えて、高いスピードが出せるように準備しなければいけません。
安易に炭水化物を抜けば良い、と勘違いしないようにしましょう。
また、減量をしようとする際には摂取カロリーを抑える必要があります。そこで、この方法と組み合わせ、高強度のトレーニング後の糖質摂取を減らすことでカロリーを制限することも一石二鳥の方法と言えるしょう。
しかし、次の日の午前に強度の高いトレーニングが設定されていたり、もちろんレースの前日などはしっかりと糖質を摂取する必要があります。
加えて、「トレーニング後にはたくさん美味しいご飯が食べたい」と、厳しいトレーニングの心の支えが、食事にあるような性格の選手にとっては、精神的な負担が大きくなることを忘れてはいけません。
選手の環境やトレーニング状況、性格を考慮して、食事の仕方を考えていく必要があります。
参考文献
・Marquet, L. A., Brisswalter, J., Louis, J., Tiollier, E., Burke, L., Hawley, J., & Hausswirth, C. (2016). Enhanced Endurance Performance by Periodization of CHO Intake:" sleep low" strategy. Medicine and science in sports and exercise, 48(4), 663-672.
・寺田新, & 東田一彦. (2013). 運動刺激に伴う骨格筋代謝機能の適応 (特集 運動刺激の正体を探る). 体育の科学, 63(8), 608-615.