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陸上短中長距離種目のスプリントトレーニングとオーバートレーニングを考える

陸上短中長距離種目のスプリントトレーニングとオーバートレーニングを考える

短距離走や中距離走の選手は、多量なスプリントトレーニングを積むとともに、ウエイトトレーニングなどの負荷を用いたトレーニング(レジスタンストレーニング)を行うなど、非常にハードなトレーニングに取り組んでいます。

 

 

これらのトレーニングを行う目的は、当然パフォーマンスを向上させるためです。

 

 

しかし、適切な強度や量でトレーニングを行わなければ、パフォーマンスは上がっていかないどころか、逆にパフォーマンスを下げてしまい、最悪の場合オーバートレーニングに陥ってしまう恐れさえあります。

 

 

ここで一番気になることといえば、「じゃあその適切な強度や量ってどれくらいなのよ?」ということでしょう。

 

 

結論から言うと、それは当然「個人で異なる」です。

 

 

しかしそれでは話が面白く無くなってしまいますし、そこから何も生まれません。

 

 

ということで、ここでは「個人の適切なトレーニング強度や量、さらには頻度」と、「オーバートレーニングを防ぐために必要な視点」について考えていきます。

 

 

 

スプリントパフォーマンスを高めるためには?

 

スプリントパフォーマンスを高める、すなわち高いスピードで走るためには、短い時間で力を発揮できたり、身体全体を素早く動かせるように力を発揮できることが重要です。

 

 

特に、下肢や上肢の動きを素早く切り返すためには筋肉が大きな力を発揮できることが重要で、関連する筋肉量が多いことはそのための基礎となります。

 

 

 

 

 

特に下肢の付け根にあたる股関節周りの筋肉(臀筋群、内転筋群、ハムストリングス、大腿四頭筋等)のサイズはスプリントパフォーマンスの高さに関係しており、これらの筋肉量の向上はトレーニング目標の一つになり得ます。

 

 

 

関連記事

 

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したがって、スプリントトレーニングやレジスタンストレーニングを行うことによって、筋肉量を増やしたり、発揮できる筋力を高めていくことは、スプリントパフォーマンスを高めるために重要であることが分かります。

 

(ここでいう「スプリントトレーニング」とは、最大、もしくは最大に近いようなスピードで走るトレーニングのことを指します)

 

 

 

スプリントトレーニングのやり過ぎは、逆に筋肉量を減らす?

 

スプリントパフォーマンスを高めるために、最も重要なトレーニングは何か?と聞かれたら、それは当然「スプリントトレーニング」になります。

 

 

速く走りたいなら、速く走る練習をやるのが一番です。

 

 

しかし、高いスピードでのスプリントトレーニングを多くやり過ぎると、逆に筋肉量が減りやすくなるケースがあるのです。

 

 

ハイスピードで走ると、下肢や上肢の動きを素早く切り返す必要が出てきます。この切り返す動作を生み出すためには、動作に非常に強いブレーキをかける筋力が必要です。

 

 

前に振り出ていく下肢にブレーキをかけて、身体に近いところに引きつける際には、臀筋やハムストリング、内転筋群がブレーキの力を発揮しています。

 

 

 

このブレーキをかけるような筋肉の力発揮のことを「エキセントリックな筋収縮」と呼びます。

 

 

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・短縮性筋収縮(コンセントリック)と伸張性筋収縮(エキセントリック)の違い

 

・伸張性収縮(エキセントリック収縮)の特徴

 

 

 

しかし、筋肉が最大限に力を発揮して急ブレーキをかけるようなエキセントリック収縮は、筋肉の分解を促す作用を持っていることが分かっています(Ochiほか,2010)。さらに、エキセントリックなトレーニングは回復に比較的長い期間を要するため、頻度が多過ぎると回復が追いつかなくなりやすいと言えます。

 

 

したがって、最大努力でスプリントトレーニングを多量に行うことは、筋肉量を増やしていく目的のトレーニングとしてはそこまで効率的ではなく、オーバートレーニングを招きやすいことにも注意を向ける必要があると言えます。

 

 

 

 

強度の高いスプリントトレーニングは頻度を増やし過ぎない

 

トレーニングによって疲労するのは、実は筋肉だけではありません。筋肉を動かす司令塔の中枢神経(脳など)も一時的に疲労することが知られています。(Howatsonほか,2016)

 

 

したがって、特に強度の高いトレーニングを連日行うと、中枢の疲労が取れずに、パフォーマンスが低下していってしまう危険性があります。

 

 

さらに、強度の高いエキセントリックなトレーニングは筋肉の損傷を引き起こし、回復までに長い時間を要します(Paschalisほか,2005)。

 

 

筋グリコーゲンなどの(筋肉に蓄えられている糖質)などの回復を考えても、強度の高いスプリントトレーニングをガシガシ行う間隔は、最低でも中2日程度あった方が良いかもしれません。

 

 

 

 

スプリントトレーニングの目的を明確にする

 

ここまで読み進めてくると、「アレ?スプリントトレーニングってあんまりやらない方がいいのかな?」と極端な解釈をしてしまう人もいるかもしれません。

 

 

しかし、ここで言っているのは、多量のスプリントトレーニングは、筋肉量を増やす目的にはそぐわないことや、回復に時間がかかるということです。スプリントトレーニングは悪だと主張しているわけではありません。

 

 

スプリントにおける持久力を高めるためには、多量のスプリントトレーニングを積むことは必要です。また、高いスピードを引き出すための力発揮を高めるためにも当然必要です。

 

 

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つまり、スプリントトレーニングで、自分が出し得るスピードを引き上げたり、そのスピードの持久力を向上させることはできますが、その土台となる「筋肉量」を効率よくトレーニングするには限界があるということです

 

 

となれば、レジスタンストレーニングなどを行うことで、その土台を補う必要が出てきます。そこでよく用いられるのが「ウエイトトレーニング」です。

 

 

 

 

ウエイトトレーニングも、やればやるほど良いわけではない

 

ウエイトトレーニングは、筋肉量を効率良く増やし、スプリントパフォーマンスの土台を固めていくのにとても有効です。

 

 

一般的に、筋肉量の増加に最も関係するのは、実施したウエイトトレーニング全体のボリューム(重さ×回数×セット数)だと言われています。

 

 

ということは「頑張って重いものをたくさん挙げまくれば筋肉はどんどん付いていく!」はずです。

 

 

しかし、現実はそこまで甘くありません。

 

 

Amirthalingamほか(2016)の研究では、ウエイトトレーニングを5回5セット群と5回10セット群に分けて、その後の成果を比較しています。

 

 

その結果、トレーニングボリュームの明らかに低い5セット群でも、10セット群と比較して筋肉量の増加度合いは変わりませんでした。また、筋力向上は5セット群の方が高くなっていました。

 

 

10セット群ではおそらく疲労からの回復が追いつかず、上手くトレーニングの適応が起こらなかったと考えられます。

 

 

このように、ウエイトトレーニングに関しても、やればやるほど効果があるわけではないのです。

 

 

加えて、スプリントトレーニングを並行して実施しているような選手であれば、ウエイトトレーニングの疲労、スプリントトレーニングによる疲労が積み重なり、尚更オーバートレーニングに陥りやすくなってしまいます。

 

 

トレーニングプログラムを計画する場合は、その選手が実施している全てのトレーニング強度、量、頻度を考えておかなければなりません。

 

 

特に、競技練習の内容は競技コーチに、レジスタンストレーニングの内容はストレングスコーチに任せっきりで、両者のコミュニケーションが全く取れていない場合は非常に危険です。

 

 

 

 

その他、重要であろうこと

 

同じ競技レベル、トレーニング歴、トレーニング内容の選手であっても「食事・睡眠」の質によっては全くトレーニング効果が変わってしまうことがあります。

 

 

筋肉量を増やすためには消費エネルギーよりも摂取エネルギーを増やし、身体組織の合成を促すことが重要です。ここで食事が上手く取れていない場合、そのトレーニング効果は大きく変わってくるでしょう。

 

 

また、睡眠時間は怪我やスポーツのパフォーマンスに大きく影響することが知られており(Milewskiほか,2014)、1日7時間ー10時間ほどの睡眠時間は確保したいところです。身体の回復度合いも当然変わってきます。

 

 

このように、トレーニングの強度、量、頻度をコントロールする以外にも、オーバートレーニングを防ぎ、トレーニング効果を得るための方策は存在します。色んな部分に視野を向けて、自分のトレーニング状況はどうか?きちんと能力は向上しているか?冷静に判断したうえで、改善できそうな部分を洗い出していく必要があると言えます。

 

 

 

 

参考文献

・Ochi E et al.,(2010)Elevation of myostatin and FOXOs in prolonged muscular impairment induced by eccentric contractions in rat medial gastrocnemius muscle.J Appl Physiol 108:306–313.
・Howatson, G., Brandon, R., & Hunter, A. M. (2016). The response to and recovery from maximum-strength and-power training in elite track and field athletes. International journal of sports physiology and performance, 11(3), 356-362.
・Paschalis, V., Koutedakis, Y., Jamurtas, A. Z., Mougios, V., & Baltzopoulos, V. (2005). Equal volumes of high and low intensity of eccentric exercise in relation to muscle damage and performance. The Journal of Strength & Conditioning Research, 19(1), 184-188.
・Amirthalingam, T. et al.,(2016)Effects of a Modified German Volume Training Program on Muscular Hypertrophy and Strength. Journal  of Strength and Conditioning Research 31(11): 3109-3119.
・Milewski, M. D., Skaggs, D. L., Bishop, G. A., Pace, J. L., Ibrahim, D. A., Wren, T. A., & Barzdukas, A. (2014). Chronic lack of sleep is associated with increased sports injuries in adolescent athletes. Journal of Pediatric Orthopaedics, 34(2), 129-133.

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