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陸上短距離:坂ダッシュを科学する

陸上短距離:坂ダッシュを科学する

坂ダッシュ(アップヒルスプリント)は、陸上選手であれば一度は行ったことがあるであろう、有名なトレーニングです。
しかし、なぜ坂ダッシュをやるのか?坂ダッシュによってどのような効果が得られるのか?について、きちんと考え、理解してトレーニングを行っている選手は少ないのではないでしょうか?

 

ここでは、坂ダッシュ(アップヒルスプリント)と平地でのダッシュとの違いや、その効果、トレーニング現場での用い方について紹介していきます。

 

 

山縣選手の坂ダッシュ風景

 

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坂ダッシュは本当に効果ある?

短距離選手や跳躍選手(走幅跳、三段跳)であれば、加速力や最大スピードなどのスプリント能力を向上させるために坂ダッシュを取り入れているという選手が多いでしょう。

 

Tziortzis(1991)の研究では、傾斜8°の坂で12週間のスプリントトレーニングを行うことで、ピッチが2.4%上昇し、最大スピードが3.3%向上したと報告されています。一方で、3°の傾斜で6週間のアップヒルスプリントを実施したParadisis& Cooke(2006)の研究では、統計的に有意なスプリントパフォーマンスの向上はみられませんでした。

 

また、下の図のような、上り坂と下り坂を組み合わせたスプリントトレーニングを週3回(一回あたり80m×6)、8週間行うことで、ピッチが4.3%増加、接地時間が5.1%減り、最大疾走速度が4.3%向上したとされています(Paradisisほか,2009)。

 

※Paradisisほか(2009)より引用

 

 

一方、平地のみでのスプリントトレーニングでは、最大疾走速度は1.7%の向上にとどまっていました。

 

短距離走、特に100mや200m走において、最大疾走速度は記録を決める最も重要な要因です。傾斜面を用いたスプリントトレーニングは、この最大疾走速度を向上させるのに効果的だろうということで、トレーニング現場でも多く用いられているわけです。

登り坂ダッシュ(アップヒル)と平地のフォームや負荷の違い

坂ダッシュでは「シザース動作・前さばき」が意識しやすい

坂道を使ったスプリントでは、「シザース動作」を早いタイミングで行いやすくなると考えられます。いわゆる「前さばき」に関わる動作です。

 

これに関して、杉本と前田(2014)の研究では坂道の傾斜角度によって、スプリントフォームにどのような違いが出るかを調べています。その結果、傾斜がきつくなるほど、接地時間が長くなり、遊脚(反対腿)を引き出すタイミングが早まることや、膝や足首の伸展動作がより強調されることが分かりました。

 

 

 

つまり、坂道を使ったスプリントでは、よく言われるところの「シザース動作」や「前さばき」を容易に、早いタイミングで行いやすくなることが予想できます。「シザースの感じ」をつかむ練習としては有効かもしれません。

 

 

 

シザースが意識しやすい=「シザースが習得しやすい」とは限らない

しかし、遊脚の回復を早めるためには、素早く後ろに流れる脚にブレーキをかけて、腿を勢いよく前に引き出すためのそもそもの筋力(股関節屈曲筋力)が重要になります。

 

坂道では平地と比較してスピードが出ないので、足が相対的に高いスピードで後ろに残るという状況が生まれません。と言うことは、平地よりも脚を前に引き出すために必要な力が小さくなり、これが原因で上り坂で遊脚の回復が早まり、シザース動作が行いやすくなったということが考えられます。

 

 

 

 

つまり、「シザースが行いやすくなる状況=シザースを行う筋力を高めるのに適した状況」ではないということです。

 

遊脚の回復のタイミングが早まり、シザースが意識しやすい環境でばかりトレーニングしていると、平地でスピードを出した時、逆に脚が後ろに流れすぎて、ぎこちない動作になってしまう可能性もあると言えます。

 

 

足の流れ改善・腿を前に引き出すトレーニングはコチラ

・陸上短距離走者における「足の流れ」の原因と改善方法

 

・股関節屈曲トレーニングの重要性とその方法(腸腰筋と大腿直筋)

 

 

 

臀部を中心とした下肢筋力の向上

坂道では当然、自分の体重をより上に持ち上げなければいけないため、下肢の筋群に大きな負荷がかかります。平地と比較して接地時間は長く、多量の力を発揮しなければいけないので、少し遅いスピードでの力発揮、つまり「ローギア」での筋力が向上します。それとともに関連する筋の肥大も見込めるでしょう。

 

坂道では特に、臀部の筋力発揮は大きくなりやすいことが知られています(Vernilloほか,2017)。また、長めの坂道スプリントでは代謝的な負荷も高まるため、下肢の伸筋群の無酸素性の持久力向上にも使えるでしょう。

坂ダッシュの目的と練習メニュー例

坂ダッシュの目的

これらのことから考えられる「上り坂スプリントトレーニング」の用い方をまとめると、以下のようになります。

 

「シザースの感じ」をつかむ練習として

 

下肢の伸筋群の筋力・筋量アップを狙って

 

長めの距離で、下肢伸筋群の無酸素性の持久力向上を狙って

 

 

 

坂ダッシュの実践メニュー例

「シザースの感じ」を掴むメニュー例

・30m×5 60m×5
※休息はスピードが落ちないよう十分に。技術練習として意識がしやすい距離設定なら何でも良い。

 

下肢の伸筋群の筋力・筋量アップを狙ったメニュー例

・30m×10 R:5分以上
・50m×8 R:5分以上
※傾斜きつめの坂で
※休息は出力が落ちないよう、十分に。休息が短すぎて呼吸が乱れないような設定で。
※休息短くガシガシ追い込んで、持久的な刺激を入れないことが筋肉量・筋力UPに重要。

 

持久トレが筋力UPの邪魔をする理由はコチラ

・干渉作用の原因―持久力を高めつつ筋量を上手く増やせない理由―

 

 

下肢伸筋群の無酸素性持久力向上メニュー例

・150m×2×3 r:walk back R:15分
・(100m+200m)×3 r:walk back R:15-20分
・250m×4 R:20分
※一本一本全力で出し尽くす

 

 

 

坂ダッシュのデメリット(足が遅くなる?)

上り坂では膝や足首を伸ばす動きがどうしても強調されてしまいます。このような「足首や膝を伸ばす動作」は、速く走るために、あまり好ましい動きではありません(下図参照)(伊藤ほか,1998)。

 

 

 

坂ダッシュでどうしても生じてしまうこれらの動作は、走るための筋肉を鍛えるためには必要なことです。

 

しかし、レースの直前など繊細な動作感覚が重要になってくるタイミングでは、坂ダッシュでの動きの癖を残さないようにしておくことは重要かもしれません。平地でのスプリント動作でも、坂ダッシュでの動きが出てしまい、効率的に身体を前に運ぶためのスプリント動作に悪影響が出てしまう可能性があるからです。

 

どんなトレーニングも、その目的をきちんと理解して、取捨選択していくようにしましょう。

 

 

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その他の関連動画

参考文献

・Tziortzis, S. (1991). Effects of training methods in sprinting performance (Doctoral dissertation, Doctoral Dissertation. University of Athens, Dept. of Physical Education and Sport Science, Athens, Greece).
・Paradisis, G. P., & Cooke, C. B. (2006). The effects of sprint running training on sloping surfaces. Journal of Strength and Conditioning Research, 20(4), 767.
・Vernillo, G., Giandolini, M., Edwards, W. B., Morin, J. B., Samozino, P., Horvais, N., & Millet, G. Y. (2017). Biomechanics and physiology of uphill and downhill running. Sports Medicine, 47(4), 615-629.
・伊藤章, 市川博啓, 斉藤昌久, 佐川和則, 伊藤道郎, & 小林寛道. (1998). 100m 中間疾走局面における疾走動作と速度との関係. 体育学研究, 43(5-6), 260-273.

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