
スプリンターに必要な筋力とトレーニング方法+考え方について、動画で紹介しています。
アスリートが自身のパフォーマンスを高めるために、ウエイトトレーニングに励むことが良くあります。
より大きな筋力やパワーを必要とするアスリートであれば、このウエイトトレーニングの重要性はますます高くなるはずです。
筋肉が発揮できる最大の力、すなわち最大筋力は、筋肉の横断面積(太さ)と関連が強いので、アスリートは筋肉を大きくしようと一生懸命ウエイトトレーニングに打ち込みます。
しかし、時たまに「筋肉は付いたのに、なかなかパフォーマンスが上がらない」と言った話も耳にします。
このような事態に陥ってしまうのはなぜなのでしょうか?
そこでここでは、「筋肉は付いたはずなのに、パフォーマンスにうまく繋がらない」と感じてしまった場合や、「パフォーマンスに繋げようとウエイトトレーニングに取り組む際」に知っておくべき、「基本的な筋肉の特性」について紹介します。
筋肥大と筋力向上は別である
「筋力を向上させるために筋肥大をさせる」という考え方は正しいです。
しかし「筋肥大すると筋力も上がる」というのは少し違います。筋肥大させても筋力がそこまで高まらないということが起こり得るからです。筋肥大と筋力向上は別物なのです。例えば以下のようなことが起こります。
Aさんは、低負荷〜中負荷で高ボリュームのバーベルスクワットを継続して行うことにしました。数ヶ月で、いくらかの筋肥大が見込めるはずです。
そして実際に数ヶ月経って、脚も太くなってきたような気もするし、ここでウエイトトレーニングの効果を確かめるために、スクワットの1RM測定(1回で挙げられる重さ測定、MAX測定)をやることにします。
しかし、あんなにトレーニングを継続して頑張ったのに、思ったりよりも1RMの伸びがありませんでした…「筋肉は大きくなっている気がするのになんでだろう?」
こういうことが起こるのはなぜなのでしょうか?
答えは単純で、MAXを引き出すスクワットのトレーニングをやっていないからです。
低負荷〜中負荷でトレーニングをたくさんこなして身につく能力は、極論「低負荷〜中負荷でトレーニングをたくさんこなす能力」です。その過程で筋肉も肥大しやすいというわけです。
しかし、MAXの筋力を発揮する能力は、MAXを出すようなトレーニングをして引き上げる必要があります。
筋肥大したからと言って、最大筋力も同時にみるみる向上していく…わけではありません。
じゃあ「筋肥大は意味ないの?」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。冒頭でも述べた通り「筋力を高めるために筋肥大させる」という考え方は正しいです。なぜなら、筋肥大させることで、最大筋力を高めるポテンシャルが上がるからです。
逆に細い筋肉のまま、いくらMAXを引き出すスクワットを行なったとしても、1RMの頭打ちがすぐに来てしまいます。
したがって、筋肉を肥大させた上で、MAXを引き出すようなトレーニングを行えば、キチンと1RMも高まっていきます。筋肥大が起こっていれば、その時の1RMの伸び幅も大きくなっているはずです。
筋肉は肥大したからと言って、筋力も同時にグングン高まっているはず…ではないということを理解しておきましょう。
筋力にも種類がある
最大筋力
筋肥大と筋力向上は別物であることは理解しました。上で説明した筋力の例は「最大筋力」と呼ばれるもので、その名の通り、筋肉が発揮できる最大の筋力のことです。
この筋力の指標には、一般的に等尺性の最大筋力というものが使われます。「等尺」なので、筋肉の長さが変わらない場合の筋力のことです。
等尺性の最大筋力は、以下のような機器を用いて測定することができます。

※SAKAImed:BIODEX(https://www.sakaimed.co.jp/measurement_analysis/physical-fitness-measurement/biodex-system-4/)より引用
しかし、実際のトレーニング現場にこのような機器を置くことは難しいです。
そこで、普段のトレーニングで実施しているスクワットやデッドリフトなどの1RM(1回で挙げられる最大重量)を、この最大筋力の指標として扱われたりしています。
瞬発力(力の立ち上げ)
ヒトの筋肉が最大筋力を発揮するまでには、実は0.4秒ほど時間がかかります。
力を入れようとして、いきなり最大筋力が発揮されているわけではありません。筋力の立ち上がりにはほんの少し時間がかかるわけです。
そして、この筋力の立ち上がりには個人差があり、すぐに筋力を立ち上げられる人と、筋力を立ち上げるのに時間がかかる人がいます。

では、力の立ち上げが遅いとどんなことが起こるのでしょうか?
例えば全力疾走をしている時、足が地面に付いている時間、すなわち接地時間は非常に短く、0.1秒くらいにまでなります。
最大を発揮するまでには0.4秒かかるのに、0.1秒で接地が終わってしまえば、当然自分の持っている最大筋力を存分に発揮できるとは言えません。
したがって、このような状況では0.1秒という非常に短い時間の中で、筋力を立ち上げられることが重要になるわけです。

また、この筋力の立ち上げはRFD(Rate of Force Dvelopment)と呼ばれ、爆発的なレジスタンストレーニング等を実施することで高められることが分かっています。

スピード筋力(筋肉の力-速度関係)
筋肉は、収縮速度によって発揮できる力が変化します。
卓球のラケットを思いっきり振ると、素早くスイングはできますが、あまり筋肉に力が入っている感覚は無いはずです。
一方、金属バットを振ると、スイングできるスピードは遅いですが、卓球のラケットと比較して、筋肉に力がこもっている感じがあるはずです。
このように、筋肉は短縮スピードが高いほど、筋力を発揮しにくく、逆に短縮スピードが遅いほど、発揮できる筋力が高くなるという特性があります。

そして、筋肉が短縮…ではなく、伸張している時(引き伸ばされている時)には、これとは逆の特性を発揮します。
筋肉が引き伸ばされながら力を発揮することをエキセントリック収縮と言いますが、この最中は引き伸ばされている速度は高い方が、発揮できる筋力は高くなります。

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全力疾走をしている時、当然自分の筋肉は高いスピードで収縮することになります。その中で大きな力を発揮できることが、速く走るために重要です。この高い収縮スピードでの力発揮能力は、トレーニングによっても高めることができます。

また、最大筋力を高めることで、高い収縮スピードでの筋力のポテンシャルを引き上げることも可能です。しかし、これも最大筋力が上がっただけでは、高い収縮スピードでの筋力は高まらないことがあることに注意しましょう。
バネ筋力(弾性筋力)
「あの選手はバネがある」という話を聞くことはないでしょうか?このバネとは一体なんなのでしょう?それが「弾性筋力」と呼ばれるものです。
走っている時に足が地面に接地した瞬間を考えてみましょう。
足が地面に接地する時、瞬間的に筋力を発揮して、筋肉を硬くすることができると、アキレス腱の部分が引き伸ばされることになります。
アキレス腱は、ゴムやバネのような弾性体で、引き伸ばされると縮もうとする働きがあるので、その後パチンコのように短縮して、大きな力(弾性筋力)を生み出します。

このような運動様式はSSC運動(ストレッチ・ショートニング・サイクル)と呼ばれ、パワフルな力発揮が重要なスポーツのパフォーマンスに深く関わっています。
なぜなら、このSSCを使えば、普通に筋力を発揮するよりも大きな力を効率的に引き出すことができるからです。
筋肉は瞬間的に引き伸ばされると、即座に縮もうとする「伸張反射」という特性があります。
また、先述の通り、筋肉は引き伸ばされながらの方が力を発揮できます。
さらに、一旦引き伸ばされてから縮むため、筋肉が力を立ち上げるまでの時間に余裕が生まれます。
さらにさらに、腱の伸張や短縮は筋肉よりもエネルギーを消費しにくいです。
このように、筋肉が瞬間的に引き伸ばされることで力を発揮しやすく、伸張反射で縮もうとする働きも強くなり、かつエネルギーも消費しにくい…それが弾性筋力です。
弾性筋力を高めるためには、プライオメトリクスと呼ばれるジャンプ系のトレーニングを実施して、筋肉が瞬間的に引き伸ばされながら大きな力を発揮できるようにしたり、腱を刺激して、腱を太くしていく必要があります。
ウエイトトレーニングの効果を競技パフォーマンスに繋げるためには?
ウエイトトレーニングをやって筋肥大させても、すぐに最大筋力が上がるわけではありません。
また、最大筋力が上がったとしても、すぐに力の立ち上がりや、スピード筋力、弾性筋力が高まるわけではありません。
筋肉の大きさはあくまで土台で、最大筋力の高さも土台部分にあたります(パワーリフティングではこれが競技力に直結)。
その上で、ここまで紹介してきた「力の立ち上げ」や「スピード筋力」「弾性筋力」と言った、特定の条件下で発揮できる筋力を高めていく必要があります。
自身の競技種目にはどんな能力が必要なのかをしっかりと考えた上でトレーニングを計画しないと、「ウエイトをやって、筋肉が大きくなったけどパフォーマンスに繋がらない…無駄だったのかな?」という思考に陥ります。
また、「力の立ち上げ」「スピード筋力」「弾性筋力」に関わるトレーニングをたくさんやったとしても、そもそもの競技種目のトレーニングをたくさんやらないと、最終的なパフォーマンス向上には繋がりません。
身体能力が上がれば、動きが変わります。動きが変われば、最適な意識も技術も変わってくるからです。

このようなパフォーマンスピラミッドをしっかりと意識して、トレーニングの目的地を見失わないように、計画的にトレーニングをしていきましょう!
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