ピリオダイゼーション理論とは、1960年代にソ連のマトヴェーエフ博士が中心になって体系化された理論で、「マトヴェーエフ理論」(文献1)とも呼ばれています。
トレーニングについて勉強している人であれば一度は目にしたことがあるでしょう。
これは、まず中程度の負荷で筋肥大させて、そのあと高負荷をかけて筋力を高めていく…「筋力を高めるピリオダイゼーション(文献2)」というような短期的・部分的な考え方ではなく、アスリートがより高いレベルに達するための年単位での長期計画の中で、それぞれの時期をどう過ごすべきかをまとめたものです。
1960年代に生まれた理論が、未だに世界各国で議論の中心となっており、批判も多いのが現状です。
逆に考えるとそれだけ、トレーニング計画を語るうえで知っておくべき原理原則がつまった偉大な理論であると言えます。
以下、マトヴェーエフ博士のピリオダイゼーション理論について、スポーツ競技学(文献3),ロシア体育・スポーツトレーニングの理論と方法論(文献1)を基に解説していきます。
万全な準備状態(スポーツフォーム)の獲得
私たちの目的は、狙った試合で最高の競技成績を出すことにあるはずです。
そのためには当然、最高の記録を出すための準備状態が必要です。
マトヴェーエフ理論では、この準備状態のことを「スポーツフォーム」と表現します。
最高のスポーツフォームとは、いわゆる試合に出れば好記録が望める状態のことで、体力、技術、メンタル、戦術要素から構成されます。
体力・技術は獲得までに比較的長い時間を要しますが、いったん定着すると、極端な変動はみられません。
一方、精神的・戦術的要素は非常に変動的で不安定です(文献4)
しかし、これらも自己の可能性を最大限に発揮するためには重要です。
試合環境に対する心構えや準備が不完全だと最高のパフォーマンスは望めませんよね?
スポーツフォームには一定の周期性がある
マトヴェーエフ博士は、十万人あまりのスポーツ選手の公式データから、スポーツフォームが作られる過程に、一定の周期性があることを発見しました。
これがマトヴェーエフ理論の根幹ともいえます。
その周期性と言うのが、以下の図の通りです。
すなわち、
・試合で最高の結果が期待できる状態というのは常に右肩上がりではない。
・より高いレベルに達する人は一度、試合で結果が望めない状態になっている。
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という法則性が発見されたということです。
この事実は
・レースの記録は絶え間なく向上させることができる。
・年間通して、その競技のベストパフォーマンスを出せる状態を維持する必要がある。
という主張を否定するものです。
ウサインボルトも、年中記録を更新し続けていたわけではありませんよね?
このスポーツフォーム形成の周期性に則って作られ、現在でも世界中で広く知られているスポーツトレーニング理論こそ、マトヴェーエフ博士のトレーニングピリオダイゼーションなのです。
トレーニングピリオダイゼーションの全体像
トレーニングピリオダイゼーションとは
“一定のサイクルでトレーニングの構成と内容を合目的々に周期的に変化させること”(文献4)
“1年あるいは半年などの、ある一定期間内の主要な試合において最高の成績を挙げることを目指して、試合までの期間をコントロールしやすい小さな期間に区分してトレーニング内容を組み立てること”(文献5)
と、定義されています。
大まかに表現すると以下の通りです。
それぞれの期間で、練習の目的を変化させ、違った時期に違うことをやることが、この理論の大枠です。
準備期、試合期、移行期に大きく分類し、それぞれの時期で、どんな練習をどのようにこなしていくべきなのかが詳細に考え抜かれています。
準備期では、ハイパフォーマンスを発揮するための心身の土台作りと改良を徹底的に行いスポーツフォームを形成します。
必然的にトレーニング量は多くなりやすく、試合に近いような練習は少なくなります。
ここで注意すべきことは、スポーツフォームが出来上がっていない場合、試合が行われる時期に入ってもその選手はまだ準備期であるという点です。
試合があるから試合期である…というわけではないことが、マトヴェーエフ理論を正確に理解するために非常に重要です。
そして、試合期では最高のスポーツフォームを維持し、競技会で最高の結果を残します。
ここでは、試合に近い練習と適切な回復を行っていくことがポイントです。
移行期では、新しく土台を作るために、いったんスポーツフォームを崩します。
マトヴェーエフ博士は、このような過程を踏みながら、スポーツフォームを向上させていく理論を実践し、ソ連を最高のスポーツ王国に育て上げています。
では、それぞれの時期(準備期(一般的準備期、専門的準備期)、試合期、移行期)を、具体的にどのように過ごしていけばよいのでしょうか?
さらに詳しくみていきましょう。
******関連記事はこちら************************************
・ピリオダイゼーション(陸上短距離を中心に)①―理論の本質を理解しよう―
・ピリオダイゼーション(陸上短距離を中心に)②―一般的体力と専門的体力の違い、および準備期の重要性―
・ピリオダイゼーション(陸上短距離を中心に)③―準備期の過ごし方―
・ピリオダイゼーション(陸上短距離を中心に)④―試合期の過ごし方―
・ピリオダイゼーション(陸上短距離を中心に)⑤―移行期の過ごし方―
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参考文献
1. L. P. マトヴェーエフ:魚住廣信監訳・佐藤雄亮訳(2008)ロシア体育・スポーツトレーニングの理論と方法論,ナップ.
2. Williams T.D. et al.,(2017) Comparison of Periodized and Non-Periodized Resistance Training on Maximal Strength: A Meta-Analysis. Sports Medicine 47:2083–2100.
3. マトヴェーエフ:渡邊謙監訳・魚住廣信訳(2003)スポーツ競技学.ナップ.
4. マトヴェーエフ(1972)Periodisierung des Sportlichen Trainings.Bartals & Wernitz.
5. 日本コーチング学会(2017)コーチング学への招待.大修館書店.