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第11回「トレーニング計画の基礎理論(ピリオダイゼーションって何?)」

ピリオダイゼーションって何?

ここまで、短距離・跳躍・投てき選手がパフォーマンスを高めるために目指さなければいけない身体の変化(トレーニングの目的地)や、その目的地に行くためにはどんなことをしたら良いのか?(トレーニングの手段・方法)について紹介してきました。

 

 

しかし、具体的なトレーニング手段・方法といってもそのトレーニングは目的に応じて様々な種類がありました。パフォーマンスの土台を作るものから、種目に近い力発揮を高めるトレーニング、そして種目そのものの練習…などです。したがって、それらを日々どのように進めていくか?についても理解しておく必要があります。

 

ここからは、トレーニングを長期的にどのように計画していくか?に関わる「トレーニング計画の基礎理論」について紹介していきます。

好記録を生み出す過程には周期性がある

トレーニング計画をする際に最も重要なこととは何でしょうか?

 

それは「高いパフォーマンスは年中発揮できるものではなさそうだ」ということを理解することです。そのことを発見した偉大な研究者に「マトヴェーエフ博士」という人物がいます。

 

 

マトヴェーエフ理論とは?

昔、ソ連に「マトヴェーエフ博士」という人がいました。博士はトレーニング計画を学ぶ上での基礎ともいえる「マトヴェーエフ理論・ピリオダイゼーション理論」という考え方の生みの親でもあります。トレーニングについて勉強している人であれば、一度は耳にしたことのある言葉なのではないでしょうか?この理論は1960年代に生まれたものですが、未だに世界各国で議論の中心となっているものです。それだけ、トレーニング計画を語るうえで知っておくべき原理原則がつまった偉大な理論であると言えます。

 

たとえば,短距離走の某コーチが,ある少年を指導するとしよう.もしまったく労力とコスト・パフォーマンスを無視するなら,その理想的な指導は次のようになるだろう.まず,主な生物学的,生理学的,医学的,力学的等々のパラメーターを毎日,いや毎時間測定し分析していく.そして,その少年の身体的特性と発達傾向をできるだけ明らかにし,それに基づいてトレーニングの理想的な負荷と休息(インターバル)をはじき出す.そして,負荷と休息がどういう結果を生み,生物学的,生理学的,医学的パラメータなどを変化させたか,やはり毎時間記録し,負荷と休息を修正していく.一方,エクササイズも・・・以下略・・・

 

(ロシア体育・スポーツトレーニングの理論と方法論,翻訳者より)

 

こんなやり方はあんまり手間ひまかかりすぎて、とてもじゃないがそこまで細かく考えていられない・・・とも考えるかもしれませんが、マトヴェーエフ博士は上のような指導を生涯探求し続け、実現、体系化してしまった。これが「マトヴェーエフ理論」です。

 

しかも国家の全面バックアップのもと,この理論を数十年にわたって実践し、ソ連を世界最高のスポーツ王国に育て上げた、その司令塔が「マトヴェーエフ博士」です。

 

 

高いパフォーマンスは年中発揮できない(スポーツフォームの周期性)

このマトヴェーエフ博士が発見したことの一つが「スポーツフォームの周期性」です(マトヴェーエフ,2003;2008)。

 

スポーツフォームとは、端的に言えば「試合で最高のパフォーマンスを発揮できる身体の準備状態」のことを指しています。このスポーツフォームは、体力や技術、戦術、心理的要因がピラミッドのように積み重なってできており、このピラミッドの頂点をどれだけ高くできるかが、試合でハイパフォーマンスを発揮できるために必要になります。

 

そして、約10万人余りのスポーツ選手のデータからマトヴェーエフ博士が発見したスポーツフォームの周期性が、以下の通りです(下図参照)。

 

 

このように、スポーツフォームには「形成―維持―消失」のサイクルがあり、このサイクルを繰り返しながらより高いパフォーマンス(が発揮できる準備状態)へと、進歩していることが伺えます。

 

すなわち「試合で最高の結果が期待できる状態というのは常に右肩上がりではないこと」「より高いレベルに達する人は一度、試合で結果が望めない状態になっている」という法則性が見出されたというわけです。

 

こういった事実は

 

「レースの記録は絶え間なく向上させることができる」
「年間通して、その競技のベストパフォーマンスを出せる状態を維持する必要がある」

 

という主張を否定するものです。

 

したがって、一度は試合で高いパフォーマンスが望めない状態になりながらも、違った時期に違ったことをやって、パフォーマンスの土台を積みなおしていく作業はどうしても必要そうだ…というわけです。

 

 

このように、合目的的に違った時期に違ったことをやって、パフォーマンスの土台を積み重ねて、改良していくトレーニングの期分けのことを「トレーニングピリオダイゼーション」と言います。

 

土台を強固にする重要性

第6回にて「短距離・跳躍・投てき選手のパフォーマンスピラミッド」というものを紹介しました。パフォーマンスを高めるためには、その土台となる筋肉量や最大筋力を向上させるのは非常に重要だし、それをパフォーマンスにつなげるための種目そのものに近いトレーニングも重要だと述べました。

 

 

 

このスポーツフォームの周期性に則ったトレーニングの考え方では、この「パフォーマンスの土台作り+土台の改良」が、スポーツフォームの形成段階に当たります。そして、このスポーツフォームの形成段階が、試合で高いパフォーマンスを達成するための全てと言っても過言ではないくらい重要です。この「形成」の時期を設定して、土台をとにかく強固にしつつ、ピラミッドを高く積み上げていく必要があります。

 

ここで、実際の種目に近い練習ばかりやっていると、この土台を強固にすることが難しくなってしまいます。

 

その種目に近い練習は、競技力に直結しやすく、競技成績が比較的すぐに出るトレーニングであると言えます。しかし、競技力を構成する土台がしっかりできていないと、能力向上の頭打ちが早く来たり、オーバートレーニングや怪我を誘発しやすくなってしまいます。これは、試合に近い練習の身体的、精神的負担がかなり大きいことや、その負担の割にトレーニングの総量が少なくなりがちだからです(種目によりますが)。

 

実際の試合に近い練習は、作り上げた土台を改良し、競技力につなげる(転換)ための仕上げとも言えます。仕上げをやってる時期に調子が良くなったから、この練習は効果が高い!!これが自分に合っている!とするのは良くある勘違いで、これは「パフォーマンスに直結するトレーニング」と「パフォーマンスに直結はしないけど、その土台を作るのに大切なトレーニング」の違いを理解していないことからくるものです。

 

試合的な練習やって競技力にぐんぐん表れる人と、すぐ頭打ちする人がいるのはなぜか、考えるヒントはその人の土台(ポテンシャルとも言える)にあると言えるでしょう。試合的な練習ばかりで結果にぐんぐん結びつく人は、そのための土台がしっかりできていた人、もしくは初心者だと考えられます。

年中種目そのものの練習をやるのはダメなのか?

「冬季練習中でも質の高い練習で専門種目の自己ベストを狙えば、来シーズンへの移行もスムーズだし、何より別のことするより記録が伸びていくんじゃないか?」という考え方をする人もよくいます。しかし、常に高いパフォーマンスを発揮し続けることは身体的にも心理的にも負担が大きすぎます。先述の通り、能力向上の頭打ちも起きやすくなってしまうので、土台作りに特化した期間を設けるのは必要なことだと考えられます。

 

ここで、100m走選手の「競技力直結練習」「競技力向上に必要な要素」を考えてみましょう。100m走選手にとっての競技力直結練習というと、「100m走のトライアル」が挙げられます。実際のレースのような緊張感で実施するものです。

 

しかし、この「100m走のトライアルで向上させられる要素」と、「100m走が速くなるために必要な要素」は、完全に一致すると考えて良いものなのでしょうか?おそらくこれは完全に一致することはありません。この理由には以下のようなことが挙げられます。

 

・レースだけで細かい動作を改善して、技術を習得するのは非効率では?
・運動強度が高すぎて、回復に時間を要するため、トレーニングの総量は少なくなりやすい。
⇒筋サイズ、エネルギー代謝の基盤を改善するのに十分な負荷が得られにくい(皆さん年中かなりの量走っているのに下半身ムキムキになっていかないのはそういうことも関連している)。

 

 

このような理由から、さらに高いパフォーマンスを達成したいのなら、やはり競技力に直結するトレーニングのみでなく、土台作りに特化したトレーニング期間を設ける必要はあると言えるのではないでしょうか?

 

年中技術「確認」してても伸び無いのは当然です。「過去の良かった感覚、キレ」を年中再現しようとし続けても「過去の良かった時」以上のパフォーマンスには届きにくいでしょう。なぜなら、土台の体力が変わってないからです。

 

新しい土台を築いて、その上に新しい技術を上乗せする。そうすると以前と違う感覚、キレと呼ばれるものが得られるはずです。過去の良い感覚にすがって土台の体力向上を疎かにしないことが重要です。

 

トレーニングサイクルの大枠(違った時期に違ったことをやる重要性)

繰り返しになりますが、ハイパフォーマンスを目指すためには「土台作り+土台の改良」「スポーツフォームの維持」「土台の作り直しのための消失」のサイクルはどうしても生まれざるを得ないと考えられます。この法則性に則って、あえて「違った時期に違ったことをやる」ことが重要です。

 

また、土台作りだけやっても意味はなく、土台の改良までつなげて、高いパフォーマンスを発揮するための戦術やメンタル面の最適化まで辿り着かせること、これに沿ったトレーニング計画が重要です。そのためにもまずは、このトレーニングサイクルの大枠を理解しておくことが必要です。

 

次回からは、このトレーニングの各期間をどのように過ごしていくのが良いのか?について紹介していきます。

 

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参考文献

・L. P. マトヴェーエフ:魚住廣信監訳・佐藤雄亮訳(2008)ロシア体育・スポーツトレーニングの理論と方法論,ナップ.
・マトヴェーエフ:渡邊謙監訳・魚住廣信訳(2003)スポーツ競技学.ナップ.

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