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第17回「マトヴェーエフ理論の問題点」

マトヴェーエフ理論の問題点

ここまで、マトヴェーエフ博士のピリオダイゼーション理論を基に、短距離・跳躍・投てき選手が各時期をどのように過ごしていくべきかについて紹介してきました。

 

 

しかしながら、1960年代に生まれたトレーニング計画論の原点ともいえるこのマトヴェーエフ理論ですが、色々な問題点が指摘されているのも事実です。そこでここでは、そのマトヴェーエフのピリオダイゼーション理論の問題点について考えていきます。

年に複数のピークを作ることが難しい

マトヴェーエフのピリオダイゼーション理論では、長い準備期を経て、じっくりとスポーツフォーム(ハイパフォーマンスを発揮するための万全な準備状態)を作り上げることを前提にしています。そのため、年に重要な試合が何度もある場合や、チーム内で最大目標とする試合が個人で異なる場合の要求に応えることがどうしてもできなくなってしまいます。

 

特に、現代のスポーツ界では、年に何度も重要な試合があることが多いです。陸上競技であれば、春先のグランプリレースや6月の日本選手権、世界選手権やオリンピックが開催される年であれば8月~9月に、アジア大会がある年なら9月~10月にかけて行われることも少なくありません。学生のインターハイ路線、全国高校選抜、国体、U18、U20、インカレ、学生個人選手権・・・なども同様です。

 

このような今日の競技スポーツの実情(重要な試合が多く、そのすべてで結果が求められることがある)に、マトヴェーエフのピリオダイゼーション理論は適していないと考える専門家も多いようです(Issurin,2008;Verchoshanskij,1999)。

 

しかし、ハイパフォーマンスが発揮できる身体の万全な準備状態を作り出すには、その厳然たる周期性の存在から、これを無視した計画のリスクはやはり大きいと考えられます。

 

土台を強固にしつつ、その土台を改良しながらも、年に複数ある試合にピークを持ってこれるような工夫が必要です。

 

トレーニング計画の評価・修正を途中で行いづらい

繰り返しになりますが、マトヴェーエフのピリオダイゼーション理論では、長い時間の準備期間を経て、じっくりとスポーツフォームを作り上げていきます。

 

しかし、個人に合った完璧なトレーニング計画を練ることは大変難しいことです。「これでいけるだろう!」と思っていたトレーニング計画が、実は自分には合っていなかったり、思わぬ出来事で、トレーニングを継続できなくなってしまう場合はあるでしょう。

 

そして最も問題なのが、シーズンインまでそのトレーニング計画が本当に合理的であったかどうかわからないということです。

 

準備期の段階では、ハイパフォーマンスを発揮できる段階ではないので、自分のトレーニングがきちんと身になっているのか?土台作りやその改良が着実に進んでいるかどうかを途中で適切に評価することが分かりません。それが分かるのはシーズンインして目標の試合に出場して記録を測定するまで分からないというわけです。

 

トレーニング計画段階での思わぬミスに、最後まで気づくことができないのは大きなデメリットかもしれません。

トレーニングの干渉作用の存在

伝統的なマトヴェーエフのピリオダイゼーションは、ターゲットとする複数の一般的体力要素を同時に伸ばせることを前提にしています。例えば基本的な筋肉量、筋力、持久力、パワーなどです。ここまで紹介してきた短距離走のパフォーマンスピラミッドで言うと「筋肉量(速筋線維)や筋力」と「速筋線維のミトコンドリアや毛細血管」などの土台部分の能力です。

 

 

しかし、これら(特に筋力と持久力)を同時に発達させていくことは、トレーニング初心者であればそれが容易かもしれませんが、特に競技歴が長く、高度に発達したアスリートでは難しく、それぞれに集中したトレーニングが必要になることが指摘されています(Coffey& Hawley,2017)。

 

これは、筋力向上を目的としたトレーニングと持久力向上を目的としたトレーニングを同時進行させると、それぞれのトレーニングの適応が互いの適応反応を阻害してしまうからです。これを「トレーニングの干渉作用」と言います。

 

Hickson(1980)の研究では、、アスリートを「筋力トレーニングのみ」「持久トレーニングのみ」「筋力&持久トレーニングを同時に」の3つのグループに分け、10週間トレーニングを行わせています。その結果、筋力のみグループでは筋力向上、持久力のみグループでは持久力の向上がみられたが、筋力&持久力グループでは筋力向上の幅が小さく、持久力の伸びは持久力のみグループと同程度ではあったもののやや小さくなりました。

 

※Hickson(1980)より

 

最近の報告(Coffey & Hawley, 2017; Wilson et al., 2012)では、持久トレーニングが筋肥大、筋力向上、パワー向上に与える影響やその原因や特徴について、以下のようにまとめられています。

 

~干渉作用についての要点~

  • 持久トレーニングは筋肥大、筋力、特にパワー向上を阻害する。
  • 持久トレーニングの頻度や時間が長いほど干渉作用は大きい。
  • 持久トレーニングはバイクよりも、ランニングの方が干渉作用は大きい。
  • 筋力トレーニングの干渉作用による持久能力向上への影響は小さい(体重増加を伴わない場合)。
  • トレーニング初心者では干渉作用が無視できる場合があるが、競技歴が長く高度に発達したアスリートほど干渉作用は大きい。

 

※Wilson et al.,(2012)より

 

Coffey & Hawley,(2017)より作成

 

また、この伝統的なマトヴェーエフのトレーニングモデルを実施した追跡調査においては、過度の疲労蓄積、生理学的応答の矛盾によってオーバートレーニングのリスクが増加するとした報告もあります(Lehman et al.,1997)。

 

「筋肉も増やしたい」「持久力も付けたい」「技術を高めたい」…と、アレコレやりすぎるとトレーニングの共倒れが起きてしまうかもしれないですよ…というわけです。

 

 

関連記事

 

ソ連のトレーニング環境

また、マトヴェーエフのピリオダイゼーション理論は、元々ソ連で作られた理論です。冬は寒すぎて練習できなかったり、そういう気候条件が影響してそうな理論だとも考えられます。また、先述の通り、今と比較して年間を通して競技会も少なく、現代のようなプロ選手として年中活躍し続けるような選手も少なかったことでしょう。そういう時代の中で作られた理論であるということです。

 

これに関して、村木(2013)は次のように述べています。

 

“マトベーエフが当初,「競技的状態」の唯一の総合評価指標として用いたのは,陸上競技,水泳,重量挙げ,自転車,スケート等々の客観的計測競技種目の競技記録で,個々の選手の年間平均記録を上回った期間を競技的状態にあるとみなした.”

 

“それらは競技的状態の発達周期特性を裏付けるもので,特定の最重要試合へのピンポイントでのピーキング問題を扱ったものではなく,オリンピックや世界選手権大会等の最重要試合での自己記録の更新確率は30%未満にとどまるとの見解が残されている.これらの分析と評価指標は,今から半世紀も前の選手を対象にしたものである.その後の20年間に急成長を遂げ,プロ選手としてフルタイムで活動するに到ったオリンピックや世界選手権大会への参加選手レベルでの競技パフォーマンスの実態を確認しておく必要がある.”

 

村木(2013)年間トレーニング構成のための標準モデルとしての期分け論,陸上競技研究紀要,9:10-26.より,抜粋

 

次回は、ここまで紹介してきたマトヴェーエフのピリオダイゼーション理論における様々な問題点を解決するための「トレーニング計画の工夫点」について考えていきます。

 

次の記事

 

参考文献

・Issurin , V.(2008)Block periodization versus traditional theory : a review.Journal of Sports Medicine and Physical Fitness,48( 1) : 65-75.
・Verchoshanskij J. V. (1999)The end of “periodization” of training in Top-class sport.New Studies in Athletics,14(2):47-58.
・Coffey V.G. & Hawley J.A.(2017). Concurrent exercise training: do opposites distract?.The Journal of physiology, 595(9): 2883-2896.
・Hickson R. C. (1980) Interference of strength development by simultaneously training for strength and endurance. European journal of applied physiology and occupational physiology, 45(2-3), 255-263.
・Wilson J. M., Marin, P. J., Rhea,M. R., Wilson, S. M., Loenneke, J. P., & Anderson, J. C. (2012). Concurrent training: a meta-analysis examining interference of aerobic and resistance exercises. The Journal of Strength& Conditioning Research, 26(8), 2293-2307.
・Lehman M. J. et al.,(1997)Training and overtraining:an overview and experimental results in endurance sports.Journal of Sports Medicine and Physical Fitness,37 : 7-17.
・村木征人(2013) 年間トレーニング構成のための標準モデルとしての期分け論,陸上競技研究紀要,9:10-26.

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