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高強度持久系アスリートのトレーニングは、スピードが大事?量が大事?(中長距離の練習比率)

高強度持久系アスリートのトレーニングは、スピードが大事?量が大事?

 

 

スピードが大事な種目でも、ローペースで多量のトレーニングをしている

 

陸上競技の中距離選手や、ボート競技、自転車スプリントなど、高いスピードとその持久力が求められるようなスポーツのトレーニングでは、非常に多量の持久トレーニングが重要視されることはもちろん、高いスピードでのトレーニングも欠かすことはできないでしょう。

 

 

なぜなら、そのような競技種目の選手に求められるのは、高いスピードの持久力だからです。遅いスピードの持久力をいくら高めても、レースでは置いて行かれてしまいます。肝心なのは他選手よりも高いスピードを維持することだと言えます。

 

 

だとしたら、「遅いスピードでのトレーニングって要らなくないか?」との疑問がわいてくる人も少なからず出てくることでしょう。

 

 

しかしながら、国内、世界で活躍しているスピード&持久系アスリートの中で、「遅いスピードでのトレーニング」をしていない選手はおそらくいません。ましてや、遅いスピードでのトレーニングが、トレーニングの大部分を占めている選手は多いはずです。

 

 

 

参考動画(強度の低いトレーニングの例)

 

 

 

実際に、1964年の東京オリンピックで800m、1500mの二冠を達成したニュージーランドのピーター・スネル選手は、パフォーマンスの土台を築くために、週160㎞ものトレーニング量をこなしていたと言います。これは、マラソン選手並みかそれ以上のトレーニング量であり、800m、1500m選手としては規格外のものです。

 

 

このように、スネル選手ほどではないにしろ、レースで実際に求められている能力は「高いスピードの持久力」なのに、当のトップ選手は「遅いスピードでのトレーニング」を多くやっているケースは非常に多いと考えられます。

 

 

したがって、「遅いスピードのトレーニング」は、高強度で持久的なパフォーマンスを高めるために、何か重要な意味を担っているということが推測できるでしょう。

 

 

そこでここでは、高強度持久系アスリートが行っているであろう「高強度のスピードトレーニング」と「低強度だけどボリュームの多いトレーニング」の意義について、Laursen(2010)のレビュー論文を基に紹介していきます。

 

 

 

低強度?高強度?の基準は?

 

低強度トレーニング、高強度トレーニングというのは何を基準に決められるものなのでしょうか?その一つの基準に、換気性作業閾値(VT:Ventilation Threshold)と言うものが挙げられます。

 

 

例えば、ウォーキングや遅いペースのランニングであれば、たいして息を切らすことなく運動を続けることができますが、徐々にスピードを上げていくと、呼吸が荒くなってきます。

 

 

これは運動強度が高くなることにより、「糖質(筋内のグリコーゲンや血中のグルコース)」が使われるようになるのが一つの原因です。糖質は強度の高い運動にとって利用効率の良いエネルギー源で、この糖質が多く使われるようになると、乳酸が発生します。

 

 

そして、運動強度を徐々に上げていくことによって、呼吸が急に荒くなるポイントと言うのが人それぞれ存在します。つまり、糖質が多く使われるようになるポイントです。そのポイントのことを換気性作業閾値と呼んでいるわけです(下図参照)。

 

 

 

 

(このポイントは、測定方法によっては乳酸性作業閾値(LT:Lactate Threshold)と言われることもあります。)

 

 

この換気性作業閾値は2ポイントあるとされ、最初に息が上がってくるポイントを第1換気閾値、その後さらに運動強度を上げると、さらに呼吸度合いが増してくるポイントは第2換気閾値と呼ばれています。

 

 

Laursen(2010)のレビューではこの第1換気閾値より低い強度を「低強度」、第2換気閾値以上の強度を「高強度」としています。

 

 

つまり、ほぼ呼吸が乱れないような強度のトレーニングを「低強度」、かなり呼吸が乱れて、きついと感じるような強度は「高強度」と言えることになります。

 

 

 

低強度高ボリュームのトレーニングの意義とは?

 

ほぼ呼吸が乱れないような「低強度」トレーニングには、どんな意義があるのでしょうか?レースでの持久力を高めるためなら、レースペースのトレーニングをガンガン積んだ方が効率的なのではないでしょうか?

 

 

これに関して、Fiskerstrand and Seiler(2004)は、1970年から2001年までの国際大会でメダルを獲得した21人のローイング選手について、トレーニング量や強度、パフォーマンスの変化を調査しました。その結果、パフォーマンスの向上度合いと強い関係を示したのは、「低強度のトレーニングのボリュームの高さ」だったことが分かりました。

 

 

また、6か月間にわたる縦断的研究(Esteve-Lanao et al.,2005)では、8人のサブエリートランナーのパフォーマンスが、トレーニング強度とボリュームの違いによってどう変化するかを比較しました。その結果、低強度トレーニングに費やした時間と、4㎞、および10㎞トライアルのパフォーマンス向上度合いに強い関係があることが分かりました。

 

 

このように、明らかにレースペースよりも遅い、低い強度でのトレーニングであるにも関わらず、「低強度のトレーニング量」は、パフォーマンスの向上度合いに強く関連していることが理解できます。

 

 

では、なぜこの「低強度高ボリューム」なトレーニングが、大きなパフォーマンスの向上をもたらしてくれるのでしょうか?

 

 

これについては、完全には明らかにはなっていないものの、有酸素性のエネルギー供給のプラットフォーム(土台部分)を強固にしたり、量をこなすようなトレーニングより、体脂肪の減少を起こしたりすることが関係していると言われています。

 

 

また、低強度のトレーニングでは主に「遅筋線維」が使われます。この遅筋線維の能力を発達させることによって、糖質に多く頼らず運動できる強度を上げることができると考えられます。

 

 

関連記事

・速筋線維と遅筋線維(部位やスポーツ選手による違いと推定方法)

 

 

つまり、換気性作業閾値の第1ポイントで運動できる範囲が広がり、強度が高くても楽に運動できるようになる、そのための土台を作ることができるようになるわけです(下図参照)。

 

 

 

 

したがって、低強度で多量のトレーニングは、持久系アスリートにとっての望ましい体組成を維持改善させたり、遅筋線維の能力を向上させることによって、持久力の基盤を築く意義があると言えるでしょう。

 

 

 

高強度トレーニングの意義とは?

 

一方で、高強度のトレーニングは、トレーニングされた選手の能力をさらに引き上げる、非常に有効な手段であると言われています。実際のレースの強度と同等か、それ以上の刺激を与えることによって、より高いレベルのスピードの持久力の適応を促すことができるからです。

 

 

この「高強度」のトレーニングでは、低強度のトレーニングで使われていた遅筋線維だけでなく、大きな力を生み出すことができる「速筋線維」を使用し、より多くの糖質を分解します。

 

 

しかし、速筋線維は遅筋線維と比較して持久性に劣るという弱点があります。なので、速筋線維をずっと使っているとすぐに疲労してしまい、そのスピードを維持することができなくなってしまいます。高強度のトレーニングを長く続けられないのはこのためです。

 

 

したがって、高強度のトレーニングはこの速筋線維が引き出せるスピード、持久力を改善させることにあると言えるでしょう。

 

 

 

 

しかし、この高強度のトレーニングによる効果を得るためには、そもそも低強度でのトレーニングを多くこなし、エネルギー代謝のプラットフォームを強固にしておくことが前提です。レベルの低い、トレーニング歴の浅い選手が高強度のトレーニングばかりをやっていても、能力向上はすぐに頭打ちしてしまうかもしれません。

 

 

また、このような高強度のトレーニングは自律神経のバランスに変化を与えることから、疲労の残りやすいトレーニングであるとも言えます。強度の高いトレーニングばかりをこなそうとすると、疲労が抜けず、逆にパフォーマンスが下がっていってしまう…と言うことは経験的にも理解できることではないでしょうか?

 

 

以上のことから、高強度のトレーニングは、高強度持久系アスリートのパフォーマンスをさらに引き上げるための手段として有用ではあるが、それはすでに良くトレーニングされて、エネルギー代謝の土台がしっかりできていることが前提にあること、そして、疲労しやすいため、高頻度で取り入れることが難しいことが特徴としてまとめられます。

 

 

 

低強度と高強度、どう組み合わせたらいい?

 

パフォーマンスを高めていくためには、「低強度高ボリュームのトレーニング」、そして「高強度のトレーニング」の双方ともに有効なトレーニングであることが分かりました。あとは、これらをどのように取り入れたら良いかを考えなくてはいけません。

 

 

これに関して、Iaiaほか(2008,2009)の研究では、週45 kmのトレーニングを行っているランナーのトレーニング量を、週15 kmに減らし、代わりにスピード持久トレーニングを行わせています。その結果、短い距離のスプリントパフォーマンスを改善しましたが、10kmのパフォーマンスは改善されませんでした。

 

 

また、競泳選手に関する研究(Faude et al.,2008)では、スイマーが2つの異なるトレーニング期間を経て、パフォーマンスにどのような変化が出るかを検証しました。一方のトレーニング期間は低強度高ボリューム、もう一方のトレーニング期間は高強度トレーニングがメインになっていました。しかし、双方のトレーニング内容に違いによって、100mと400mの水泳パフォーマンスに差は出ませんでした。

 

 

このように、「低強度高ボリュームのトレーニングのみ」、「高強度トレーニングのみ」というような、極端なトレーニングでは、なかなかパフォーマンスが向上しないことが推察できます。

 

 

また、「高強度と中強度(第1換気閾値~第2換気閾値付近)を組み合わせたトレーニング」では、持久パフォーマンスの伸びが小さくなると言ったことから、中途半端な強度の組み合わせよりも、「低強度&高強度」と、両極端な強度でのトレーニングの組み合わせの方が、推奨されるようです。

 

 

これは、自律神経の疲労を引き起こさずにトレーニングできるポイントが、第1換気閾値付近にあることから、過度な疲労を起こさずにトレーニング量を積むことができるということが、理由として挙げられています。

 

 

 

 

 

そして、具体的な「低強度」と「高強度」トレーニングのバランスとして推奨されているのが、全トレーニング量の75%程度を低強度で、残りの10~15%程度を高強度で行うトレーニングの組み合わせです。特にエリートランナーがパフォーマンスを高めるために重要なのではないかと提案されています。良くトレーニングされた選手でなければ、もう少し、低強度トレーニングを十分に積んでいく必要もありそうです。

 

 

 

まとめ

・呼吸があまり乱れない範囲での「低強度多量のトレーニング」は、主に遅筋線維の能力を改善させ、高いスピードでの持久パフォーマンスにつながる基盤を築く役割がある。

 

・呼吸が激しく乱れるような「高強度のトレーニング」は、速筋線維の能力を改善させ、特にトレーニング量をしっかり積んだアスリートのパフォーマンスをさらに引き上げるかもしれない。

 

・高強度のトレーニングは自律神経の疲労を蓄積させるため、高頻度多量での実施は難しいが、低強度でのトレーニングはそれらの影響を受けにくい。

 

・高強度と低強度のトレーニングの組み合わせが、パフォーマンス向上に重要であり、その大部分は低強度のトレーニングにすることが必要であるように思われる。

 

 

 

あわせて読みたい!

・「トレーニングによる、筋線維タイプの変化(どんな人にもトップアスリートになるチャンスはある)」

 

・有酸素系エネルギー供給の仕組み

 

・陸上中長距離もウエイトトレーニングをやるべき理由とその方法(重さ・回数・頻度)

 

 

 

参考文献

 

・Laursen, P. B. (2010). Training for intense exercise performance: high‐intensity or high‐volume training?. Scandinavian journal of medicine & science in sports, 20, 1-10.
・Fiskerstrand A, Seiler KS. Training and performance characteristics among Norwegian international rowers 1970– 2001. Scand J Med Sci Sports 2004: 14: 303–310.
・Esteve-Lanao J, San Juan AF, Earnest CP, Foster C, Lucia A. How do endurance runners actually train? Relationship with competition performance. Med Sci Sports Exerc 2005: 37: 496–504.
・Iaia FM, Hellsten Y, Nielsen JJ, Fernstrom M, Sahlin K, Bangsbo J. Four weeks of speed endurance training reduces energy expenditure during exercise and maintains muscle oxidative capacity despite a reduction in trainingvolume. J Appl Physiol 2009: 106: 73–80.
・Iaia FM, Thomassen M, Kolding H, Gunnarsson T, Wendell J, Rostgaard T, Nordsborg N, Krustrup P, Nybo L, Hellsten Y, Bangsbo J. Reduced volume but increased training intensity elevates muscle Na1–K1 pump alpha1subunit and NHE1 expression as well as short-term work capacity in humans. Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2008: 294: R966–R974.
・Faude O, Meyer T, Scharhag J, Weins F, Urhausen A, Kindermann W. Volume vs. intensity in the training of competitive swimmers. Int J Sports Med 2008: 29: 906–912.

 


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