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短距離走に有酸素トレーニングは必要か?

短距離走と有酸素系のエネルギー供給の関わり

 

 

何か運動を行うとき、私たちの筋肉を動かすエネルギーは「有酸素性のエネルギー供給系」「無酸素性のエネルギー供給系(ATP-CP系・解糖系)」から賄われます。どんな運動をしている時も、この2つのエネルギー供給系は同時に働いていますが、その運動強度や時間によって、その貢献度合いが異なります。

 

運動強度が低く、継続できる時間が長い運動では有酸素系が大きく貢献するのに対して、運動強度が高い、激しい運動では無酸素系の貢献度合いが高くなります。

 

一般にジョギングなどの軽運動が「有酸素運動」と呼ばれるのに対して、短距離走などの高強度の運動は「無酸素運動」と呼ばれることも未だに多いでしょう。しかし、極めて強度の高い短距離走であっても、運動開始直後から有酸素性のエネルギー供給系は働いています。

 

下図は、短距離走での各エネルギー供給系の貢献率を推定したものです。100m走と言えど、決して無酸素で運動しているわけではないことが分かります。

 

 

 

 

100m走では20%、200mでは33%、400mでは50%が有酸素性のエネルギー供給系からエネルギーを得ているだろうというわけです。つまり、100m走という10秒程度の運動でも有酸素性のエネルギー供給系はそこそこ働いているし、距離が長くなるほど、その貢献率は高く、400m走では使うエネルギーの約半分を占めるということになります。

 

このことから、短距離走においても有酸素性のエネルギー供給系というのは無視できないし、特に400m走ともなると、トレーニングにおいてより重視すべき要素だと考えられます。

 

 

 

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短距離走のパフォーマンスと有酸素性作業能力の関係

 

では、短距離走と有酸素性のエネルギー供給能力には実際どのような関係があるのでしょうか?

 

短距離走〜長距離走のパフォーマンスと各種エネルギー供給能力(最大酸素負債量や最大酸素摂取量)との関係を調べた研究によると、有酸素性のエネルギー供給能力の指標である最大酸素摂取摂取量は、800〜5000mなど、より長い距離の疾走能力との関連が強いとされています

 

 

 

 

一方で、無酸素性のエネルギー供給能力の指標である最大酸素負債量は、特に100m〜800mなどの短い距離の疾走能力と関連が強いこと、中長距離走のパフォーマンスとも有意な相関関係があることが分かります。

 

加えて、400m走のパフォーマンスと最大酸素摂取量との関係を調べた別の研究では、両者の間に有意な関係性は見られなかったとされています(前村ほか,2005)。

 

つまり、無酸素性のエネルギー供給能力は、幅広い疾走能力との関連がみられそうだけど、有酸素性のエネルギー供給能力については、短距離走のパフォーマンスとの直接の関連性は低いということが読み取れます。

 

しかし、別の研究(尾縣ほか,1998)では、スプリンターの最大疾走速度と筋疲労時の疾走速度の比と、最大酸素摂取量との間に有意な相関関係が認められています。この研究では、最大酸素摂取量と膝伸展・屈曲の筋持久力との間にも有意な関係があったとされていました。

 

 

また、有酸素性作業能力と密接な関係のある毛細血管密度は、60秒間スプリントの平均速度と30m〜70m区間の疾走速度の比の間に有意な相関関係があると報告されています(麻場ほか,1990)。

 

したがって、有酸素性のエネルギー供給能力は、直接短距離とのパフォーマンスに関連は見られにくいが、短距離走における疲労時の速度低下との間には関連が深いと捉えることができるでしょう。

有酸素トレーニングで成功した事例?

 

これまでの話のように、短距離走のパフォーマンスにおける有酸素性能力の貢献度合いは非常に高いとは言えないものの、特に400m走など持久力がより関連する種目においては、そのトレーニングの重要性は高いと考えられます。

 

 

これに関して、実際に冬季トレーニングにおいて有酸素系のトレーニング(12分間走や3000m走、200mのインターバル走など)を導入し、400m走の記録を向上させたという事例があります。磯と高倉(1998)は、400m、400mH選手11名に有酸素系のトレーニングを導入させ、次シーズンの結果を観察しました。その結果、怪我人を除く多くの選手が自己記録を更新できたとしています。

 

 

ただ、この研究では対照群のない一つ事例であり、有酸素に特化したトレーニング以外にも多くのトレーニングを実施しています。一概に、有酸素トレーニングが大きな効果をもたらしたとは言い切れません。逆に、無酸素性のトレーニングを重視しても記録は同じくらい伸びたかもしれませんし、むしろその方が大きく記録を向上させていた可能性もあります。とは言え、このように多くの選手が記録を実際に向上させている事実は、400m走における有酸素性のトレーニングの重要性を示唆するものに変わりはありません。

 

 

また、前村(2014)は、有酸素性の能力が高いA選手と、無酸素性の能力が高いB選手に、それぞれの弱点を克服するためのトレーニングをさせています(両者とも400mH選手)。有酸素性能力が高いA選手には無酸素性のトレーニングを重視させ、一方で無酸素性能力が高いB選手には、有酸素性のトレーニングを主として行わせました。その結果、40秒のランニングと3分の休憩を繰り返すスプリントテストにおける、血中乳酸濃度の変化の仕方に変化が見られました。

 

 

無酸素系のトレーニングを主として実施したA選手では最大乳酸値が増加し、有酸素系のトレーニングを重視したB選手では、最大下での乳酸値が低くなっていました。そして、いずれの選手も走行距離が向上していました。このように、それぞれの弱点を克服するトレーニングによって、両者とも走能力が増大したものの、それぞれの血中乳酸動態には、異なる変化がみられたというわけです。

無酸素性、有酸素性のトレーニングで起こる変化

 

無酸素性のトレーニング効果として起こることの一つには、先述のA選手で見られたように、ピーク乳酸値の増加があります。これは、乳酸の元となる糖を分解できる能力が、より高まったことが原因だと考えられます。より多くの糖を分解してエネルギーを多く作り出すことは、特に100m〜400mなどの短距離走のパフォーマンスのみならず、800〜1500m走のパフォーマンスを高めるためにも重要です。

 

一方で、有酸素性のトレーニング効果として起こる一つの現象に最大下の運動強度における血中乳酸値の減少が挙げられます。これは、速筋線維の動員を抑えながら走ることができるキャパシティー(つまり遅筋線維の能力向上)が増えることや、速筋線維を動員しながらも、乳酸を使う能力が高まることによって起こるものと考えられます。

 

この変化は、長距離走のトレーニング指標として用いられるLT(乳酸性作業閾値)の変化と似たようなものです。

 

 

 

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先述のB選手で見られた変化は、トレーニングによってLTが向上する現象と似たものがあることがわかります。つまり、B選手は有酸素トレーニングによって、遅筋線維の酸化能力のキャパシティが増加したり、速筋線維のミトコンドリアや毛細血管の増加によって、乳酸を使える能力が高まった…その結果最大下での乳酸値が減少した…と考えることができます

 

しかし、実際の短距離走では、非常に高いスピードを出しています。いくら最大下での乳酸値が減少したからといって、レースペースでの持久力が必ず高まる…とは考えにくいでしょう。遅いスピードで乳酸値を高めず動き続ける能力と、高いスピードを短時間維持する能力似て非なるものだと考えられるからです。

 

これに関して、森丘ほか(2003)は、負荷漸増ランニングテストにおける、血中乳酸のピーク値と400m走のパフォーマンスには関連がなかったものの、血中乳酸のピーク値の60%にあたる負荷でのパワーとの間には有意な相関関係が見られたとしています。

 

選手Bでのテストとは様式が異なるため単純に適応することはできませんが、最大よりもやや低い強度で、乳酸値を高めずに走ることができること(乳酸を多く使える=速筋線維のミトコンドリアや毛細血管が多い?)が、有酸素性のトレーニングを導入する際に重要な視点になると考えられます。つまるところは、「乳酸は多く作れる」のが大事だし、「乳酸は多く使える」のも大事だということでしょう。

 

 

短距離走では非常に高いスピードで走っているため、そもそも速筋線維の貢献が非常に高く、その速筋線維が持久性に富んでいなければ、最大に近い短距離走ほ高いスピードを維持する能力にはつながりにくいと考えられます。マラソンがいくら速くなっても、短距離の持久力に直結するとは言い難いわけです。

厳密には、トレーニングの区別に有酸素も無酸素もない

 

よく、短距離走のトレーニングは無酸素、長距離走のトレーニングは有酸素…と呼ばれたりすることがあります。しかし、厳密には、トレーニングに無酸素の区別も有酸素の区別もないことが指摘されています(八田,2004)。

 

これは、いくら短い数十秒程度の運動であれ、運動開始直後から有酸素性のエネルギー供給が行われているからです。なので、スプリントトレーニングを多量に行うようなことをすれば、筋肉の酸化能力(速筋線維のミトコンドリア増加)を向上させることができるなど、有酸素性の能力向上にも結びつくというわけです。ただし、極端に運動時間が短い、休息が長いトレーニングだと、有酸素的な代謝への働きかけはどうしても小さくなってしまうので注意が必要です。

 

加えて、無酸素性のエネルギー供給系に関わるクレアチンリン酸の分解によるエネルギー供給は、元を辿れば有酸素的なエネルギーとみなすことができます。これは、クレアチンリン酸の合成が、有酸素性のエネルギー供給系から行われているからです。つまり、クレアチンリン酸は体内の酸素の備蓄だとみなせるわけです。

 

 

 

 

この八田先生の本(八田,2004)では、「すべての運動は有酸素運動」だとして、各種無酸素、有酸素と呼ばれるトレーニングに対する認識の改善を主張されています。

短距離走のための有酸素トレーニング

 

ここまで述べてきたように、短距離走のパフォーマンスと有酸素性能力は、特に400m走の後半の速度維持能力に関わり、そこには速筋線維の酸化能力がより関連してそうだ…ということが分かりました。そこで、その速筋線維の持久性を改善するために有効であろう、トレーニングについて紹介します。

 

 

タバタトレーニング

最近よく聞くようになったトレーニングです。20秒間の全力運動を8セット、10秒休息で繰り返します。170%VO2maxというほぼ全力運動に近い強度で行うことで、無酸素性作業能力、有酸素性作業能力の両方を改善させることができるとされています。やってみると分かると思いますが、衝撃的なきつさです。

 

 

関連動画(タバタプロトコル)

 

 

 

スプリントインターバルトレーニング

タバタトレーニングと同様の形式で、平地でのダッシュを行います。以下のような設定で、エネルギーを使っては回復させ、使っては回復させ…を繰り返していきます。疲れすぎて強度が下がり、ジョグのようになってしまうと、それはもう速筋線維が十分に動員されていない状態だと判断できるので、そうならないようにレベルに応じて調整しましょう。

 

 

~トレーニング例~

・60m×12 30秒休息
・250m×5 3分休息
・100m×8 40秒休息

 

 

 

また、長い鍛錬期の序盤に以下のようなトレーニングを実施して、遅筋線維の酸化能力とともに有酸素性能力の土台を作るような時期を設定するのもアリでしょう。出力を引き出すようなトレーニングではないので、無酸素性能力の基盤作りが疎かにならないように注意が必要です。

 

 

~トレーニング例~

・jog(30~60分程度)
・2000m走
・12分間走

 

どこに伸び代があるかを考えよう

 

どんなトレーニングを行うにしても、そのトレーニングが自分のパフォーマンスを改善するのに本当に有益かどうかを考えることが重要です。

 

極端に持久力がない選手であれば、ここまで紹介してきたような持久トレーニングが飛躍の鍵になるかもしれませんし、スピードがない選手は、無酸素性のトレーニングが重要になるかもしれません。また、弱点を克服しようとするのではなく、あえて得意な能力をさらに伸ばしていくことも、手段の一つでしょう。、

 

また、片方のトレーニングに傾倒しすぎることによって、もう片方の能力が低下してしまうことには注意を向けておく必要があります。例えば、有酸素トレーニングを重視しすぎて、出力が大きく減ってしまい、春先のスピードに対応できなかったり、また逆も然りです。

 

自分の伸び代を見極めつつ、パフォーマンスに繋がる土台は、バランスよく積み上げていく必要があります。

参考文献

 

・八田秀雄(2009)日本トレーニング科学会編,スプリントトレーニング―速く走る・泳ぐ・滑るを科学する―. 朝倉書店.
・Weyand, P. G., Cureton, K. J., Conley, D. S., Sloniger, M. A., & Liu, Y. L. (1994). Peak oxygen deficit predicts sprint and middle-distance track performance. Medicine and science in sports and exercise, 26(9), 1174-1180.
・前村公彦, 宮下憲, & 高松薫. (2005). 重炭酸緩衝能力と 400m 走パフォーマンスとの関係. 陸上競技研究, 2005(3), 10-17.
・尾縣貢, 福島洋樹, 大山圭悟, 安井年文, & 関岡康雄. (1998). 筋疲労時の疾走能力と体力的要因との関係. 体力科学, 47(5), 535-542.
・麻場一徳, 勝田茂, 高松薫, & 宮下憲. (1990). スプリンターの疾走能力と外側広筋の筋線維組成および筋毛細血管分布との関係. 体育学研究, 35(3), 253-260.
・礒繁雄, & 高倉正樹. (1998). 400m 種目の有酸素トレーニング導入に関する研究. スポーツ科学・健康科学研究, 1, 37-41.
・前村公彦(2012)ロングスプリントのトレーニングと評価法.スプリント&ハードル,宮下憲編著,陸上競技社,pp.94-97.
・八田秀雄(2004)エネルギー代謝を生かしたスポーツトレーニング,講談社.

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