これに関して、女子選手の100m走中の疾走速度データを基に、テークオーバーゾーンのパスを完了地点がタイムに及ぼす影響を調査した文献があります(太田,2017)。
第1走の選手にとって、テークオーバーゾーン入り口は100m走の80m地点にあたり、第2走の選手にとっては0m地点にあたります。ここで、例えばテークオーバーゾーン入り口から20mでパスを完了させた場合、利得距離を除いて考えると…
第1走の80m-100mのタイム+第2走の20m-30mのタイムを足したものを、ゾーン内のタイムとして表すことができます。
このようにして、テークオーバーゾーン入り口からゾーン出口2m間隔でそれぞれパスを完了させた場合をシミュレーションし、どの地点でパスを完了させるのが最も速いのかを検証しました。(パフォーマンスの差による減速率の差も考慮)

※この研究は、テークオーバーゾーンに関するルールが改正される前に行われたものであるため、テークオーバーゾーンは20mであるものとして、計算されています。ご注意ください。
以下がその結果です。
○同レベル選手のバトンパスの場合
1走から2走では8m-10m付近、それ以外は10m付近が最適なパス完了位置
○遅い人から速い人へのパス
1走から2走では4m-10m付近、それ以外は10m付近が最適なパス完了位置
○速い人から遅い人へのパス
1走から2走では8m-10m付近、それ以外は4m-10m付近が最適なパス完了位置
このように、テークオーバーゾーンの前半から真ん中あたりでのバトンパスが、最もゾーン内の速度を高めることを示唆しています。
「テークオーバーゾーンの、より後半でパスをして、スピードに乗っている前走者を長く走らせる方が得!」だという主張はしばしば見られますが、必ずしもそうではないようです。
実際の100m走では20-30m地点ですでに選手はトップスピードに近い速度を獲得できます。
100m走のスタート後20-30mでの速度と、スタート後90-100mでの速度は、100m走のタイムが11.50より遅い選手であれば20-30mの方が速いことが多く、それよりパフォーマンスの高い選手であれば、90-100m地点での速度が高いことが多いようです。
しかし、この研究には以下の問題点があります。
・この研究対象は女子選手のみである
・次走者はスターティングブロックからスタートしていない
・次走者が必ずしも最初から全力で加速しているとは限らない
・バトン利得距離が考慮されていない
したがって、この結果だけでどの選手にも当てはまる最適なバトンパス完了地点を判断することはできません。よりパフォーマンスの高い男子選手でバトンの利得距離を考慮すると、ゾーン中央よりも後半でのパスが有利になることも十分考えられます。
実際に、杉浦・沼澤(1994)では、世界トップレベルの選手は男子でゾーン後半、女子でゾーン前半のバトンパスが有効であることを示唆しています。川本(2004)においては受け手が渡し手の速度に同調するゾーン後半でのパスが有効であることを主張しています。