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陸上競技の走種目における、「真下接地」の意味とその習得方法について

真下接地とは?

ランニング、スプリントの指導時によく耳にする言葉の一つに「真下接地」というものがあります。

 

これは、走っているときに「地面を真下に踏むようにして、無駄なブレーキをかけないように」だとか、「身体の真下に足を着くようにして、無駄な上下動を少なくする」などの意図で使われることが多い言葉です。つまり、目的の動作を修正するときに使われる指導言語のようなものだと言えるでしょう。

 

しかし、「真下接地!真下接地!」と言われただけでは、何をどうすればいいのか良く分からないし、何か変わった気がするけどこれが正しい変化なのか不明だし・・・という選手も少なくないはずです。

 

一方で、指導者側の立場からしても、何となく「真下接地」という言葉を使ってはいるけど、具体的に選手の動きがどうなればよいかだとか、果たして声をかけて意識させるだけで効果がでるものなのか、実際のところよく理解できていない・・・という方もいらっしゃるかもしれません。

 

そこでここでは、巷で言われるところの「真下接地」という言葉に対して、以下の点から考察してみることとしました。今後のトレーニングを考える際の材料にして頂けると幸いです。

 


真下接地って、表現として正しいの?

「真下接地」という言葉、実は表現としては怪しい部分があります。なぜなら、本当に身体の真下に接地して走ろうとすると、ヒトはバランスを崩して前に吹っ飛んでいってしまうからです。

 

そもそも、真下接地とは何の真下を指しているのでしょうか?

 

ここでよく言われるのが「重心の真下」です。「重心の真下に接地して~云々>?+*‘・・・」と、あちらこちらで良く語られています。

 

しかしながら、特に中間疾走、または身体が起きた状態で一定のペースで走ろうとしている時に、実際に身体重心の真下に接地をしてしまうと、上手く走ることができません。前にスっ転んでしまいます。

 

これは、重心の真下に足を接地して、地面を蹴ろうとすると、身体全体にかかる前回転の力が大きくなりすぎ、バランスが保てなくなるからです。身体を一つの物体としてみなして、地面から受ける力や、重力の方向を考えると、これは簡単に分かることです(下図参照)。

 

 

したがって、指導現場で言われるところの「重心の真下に接地しろ」は、本当に重心の真下に接地しろと言っているわけではなく、「身体重心に近い位置での接地を心がけてくださいね」ということを意図したものであると考えることができます。

 

指導側は「重心の真下に接地しろ(実際には不可能でも)」と声をかけることで、「重心の近くでの接地を促している」わけです。また、実際には不可能でも、選手にとっては、「重心の真下というイメージ」を持った方が、その感覚を自分の動作に落とし込みやすいのかもしれません。いわゆる「動作習得のコツ」と言われるものです。

 

このように、物理的にはあり得なくとも、または学術的に使い方が正しくなくとも、選手にとってはそのような言葉を使った方がイメージしやすい、「指導言語、コツ」というものは、他にも数多く存在しているはずです。

 

例えば、「軸を意識」「ブレない体幹」「脚が流れる」「上手く反発をもらう」「腰で踏み切る」などもそうです。これらについての議論は、別の場に委ねさせて頂きます。

 

 

 

この「学術的に正しい言葉の意味」と「指導言語として使われている言葉の意味」の違いを理解していることは、とても重要なことです。

 

これが理解できていないと、選手のフォームを映した動画を基にフィードバックをするときに「身体の真下に接地できていないじゃないか!真下に着くんだ!」と、できるはずもないトンチンカンな指示を出してしまうことにつながりかねないからです。

 

 

~ちなみに~
短距離走などの加速局面では、重心の真下、またはそれよりも後ろに接地することができます。なぜなら、この局面では身体に対する推進力が強く働き、身体を起こすような力を生み出すからです。

 

 

前に倒れ込む力と、身体を起こす力が釣り合う・・・といったニュアンスです(下図参照)。しかし、加速度合いが小さくなり、それ以上加速できないようなスピードに達すると、重心のやや前に接地せざるを得なくなります。もしも、ずっと重心の真下、重心よりも後ろに接地できるとしたら、人間は永遠に加速し続けられることになってしまいます。

 

 

なぜ真下接地(身体重心付近での接地)が大事だと言われるの?

そもそも、「身体重心の近くに接地すること」って必要なのでしょうか?以下の2点から、考えてみます。

 

①接地での余計なブレーキ時間が減り、接地時間を短くできるかもしれない

足を身体重心より、かなり前に接地してしまうと、当然ブレーキがかかる時間も長くなってしまいます。なので、疾走速度を維持するためには、ブレーキがかかった分、地面を後ろに押して、大きな推進力を得る必要が出てきます。

 

しかし、長くブレーキをかけて、接地期の後半にそれを補償できるだけの大きな推進力を得ようと地面を強く押しきってしまうようなことをすれば、当然動作が間延びしてしまったようなフォームにならざるを得ません。

 

その結果、接地時間が長い、いわゆる「ベタベタ走り」のようなフォームになってしまうか、上下動の大きい、ピッチの低い走りになってしまいます。

 

 

関連記事

・腰が低いベタ足走りの原因と改善方法

 

これらのことから、必要以上に前方に接地しないようにすること、もしくは身体重心に近い位置で接地できることは、速く走る上でそこそこ重要そうだ・・・ということが何となく分かると思います。

 

また、豊嶋と桜井(2018)の研究では、身長に対するストライドが同程度で、高いピッチを発揮している(つまり足が速い)選手は、身体重心により近い位置で接地を行っていることが報告されています。

 

さらに、以下の動画からも、どうやら一般ランナーと比較して、トップスプリンターは身体重心の真下近くに接地してそうだ・・・ということがイメージできると思います。

 

 

関連動画(エリートスプリンターと一般ランナーのフォーム)

 

速く走ろうとすれば、必然的に接地時間が短くなります。そのため、速度を上げて走ろうと思ったら、必要以上に身体重心の前方に接地して、長い時間かけてブレーキを起こすことは痛手になるはずです。

 

なので、可能な範囲で身体重心の近くに接地して、「短時間で最小限のブレーキをかけられる」ようにすることが、おそらく必要になります。そのために、「真下接地」という言葉が、動作の改善に有効に働く場面があるということなのではないでしょうか?

 

 

 

②アキレス腱のバネをより良く使うため

身体重心に近いところで接地するメリットとして、もう一つ挙げられることが「アキレス腱のバネ」を使いやすくできるということです。

 

ふくらはぎの筋肉とアキレス腱(筋腱複合体)が、接地の前に少し硬くなった状態で、つま先寄りに接地されて引き伸ばされると、バネのようなエネルギーを蓄えることができます。この硬いバネの力を使うことで、ヒトは効率よく、大きな力を発揮できるようになっています。

 

しかし、身体重心の大きく前方に接地するような走り方だと、踵からの接地になりやすいため、このアキレス腱のバネの力を上手く引き出すことができなくなってしまいます。こうなってしまえば接地時間が短くできない(つまり速く前に進めない)ことに加えて、効率よく大きな力を発揮することもできません。

 

 

このように、効率的にアキレス腱のバネの力を引き出すためにも、必要以上に前方に接地しないこと、身体重心の近くに接地できるようにすることは重要そうだ・・・ということが分かります。

 

実際の走パフォーマンスと真下接地の関係は?

ここまで散々「真下接地は重要そうだ・・・」ということを紹介してきましたが、では実際にパフォーマンスが高い人は真下付近に接地できているのでしょうか?

 

先述の通り、身長に対するストライドが同程度で、高いピッチを達成できている選手では、身体重心に近い位置で接地できていることが報告されています(豊嶋と桜井,2018)。

 

また、井上(2013※紀要)では、接地時の圧力中心と身体重心を結んだ線分の角度が大きいほど(身体重心に近い位置で接地しているほど)、ブレーキの力積が小さく、疾走速度が高かったという結果が得られています。

 

つまり、足が速い人(特にピッチが高い人)は、身体重心の近くに接地して、最小限のブレーキで走ることができているかもしれない・・・というわけです。

 

 

しかしながら、逆に接地位置なんか関係ない、速く走ろうとすればむしろ、ブレーキは必然的に大きくなる!とする研究も存在します。

 

例えば、福田と伊藤(2004)の研究では、身体重心に対する接地位置の近さと疾走速度との間に、有意な相関関係はみられませんでした。また、高い最高疾走速度を有する選手ほど、接地時のブレーキ力も推進力も大きかったことから、相対的に速く動く地面に対して、短時間のうちに大きなブレーキと推進力を発揮できることの重要性が主張されています。

 

さらに、近年の研究では、疾走速度の高い選手に共通する特徴として、接地中のブレーキ時間の短さではなく、「推進力を生んでいる時間の短さ」が挙げられています(Paradisisほか,2019)。

 

ややこしくなってきたのでまとめると・・・以下のようなことが言えると思われます。

 

・足が速い選手は身体重心に近い位置に接地して、最小限のブレーキで走っている傾向はありそうだけど、それは決定的ではない。
・足が速い選手は相対的に速く動く地面に対して、短い時間でブレーキをかけ、短時間で大きな推進力を発揮できてそう。

 

これらのことを、おおよそ理解できていれば、次に紹介する「真下接地」での注意点についての理解が進みやすくなるはずです。

 

 

真下(付近)での接地を目指す際に、気を付けるべきこと

さて、「真下(付近)接地」は、たぶん大事なことなんだろうな~というのが何となく分かってきたところで、「じゃあ、具体的にどんな形になればいいの?どんなトレーニングが有効なの?」という話に入っていきます。

 

 

①「身体に近い」と「身体重心に近い」は、ベツモノ

「真下接地」を心がけようとするときに注意すべきことが、「身体に近い位置に接地する」というよりも、「接地位置に身体各部位を追い付かせる」ということです。下の図を見てみると分かりやすいと思います。

 

 

AとBの選手は、どちらもおヘソから同じくらいの近い位置で接地をしています。見た目的には、どちらも「真下(付近)接地」ができていると判断されることもあるかもしれません。

 

しかし、選手Bは遊脚(前に引き出す脚)や腕が後ろに大きく取り残されたままになっているので、身体重心は接地位置から、より後ろに位置することになります。

 

このように、見た目的には身体に近いところで接地しているように見えても、その肢位によっては必ずしも身体重心に近い位置で接地できているとは限らないわけです。

 

選手Bは接地時に遊脚や上半身が遅れたままになっているので、接地時間は長引き、短時間で弾むことも難しくなります。また、100m走など、短距離走の後半の速度低下時にも、遊脚の回復が遅れて、接地が身体重心のより前方になる動作に近づくことも報告されています(遠藤ほか,2008)。この動作は選手Bに近いものだと言えるでしょう。

 

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一方で選手Aは、遊脚や上半身の振り込みのタイミングが早く、それらが上向きに早期に加速することで、接地の瞬間に地面鉛直方向に力が伝わりやすいフォームだと考えられます(豊嶋と桜井,2019)。

 

したがって、「真下接地を意識しよう!」とするときは、「身体の近くに接地しなきゃ!」という意識よりも、「接地点に遊脚や上半身を早期に乗り込ませよう・・・」というアプローチの方が、理にかなっているとも言えるわけです。

 

 

②「真下接地」を可能にする体力とは?

「真下(付近)接地」を一つの技術とみなすのならば、その技術を達成できるための体力が必要になります。技術は体力の上に成り立つのが前提だからです。その動作をそのタイミングで、その速さで行いたいのに、それが実行可能な筋力や瞬発力、調整力などが伴っていなければ、その動作を遂行することはできません。レベルの低いポケモンは大技を覚えられないわけです。

 

 

では、上で言及した「接地点に遊脚や上半身を早期に乗り込ませた真下接地」を可能にする体力には、どんなものが挙げられるでしょうか?最後に紹介しておきます。

 

 

股関節の屈曲筋力

まず、強靭な股関節の屈曲筋力です。相対的に後ろに流れていく脚にブレーキをかけて、一瞬で腿を前に引き出すことができなければ、接地の時に脚が後ろに大きく残ったままになってしまいます。これでは、重心位置も後ろに残ったままになりやすいので、なかなか「重心の真下付近での接地」が達成できません。

 

やや狭めのマーカー走などで、腿を切り返すタイミングを早めようと意識したり、そもそもの股関節屈曲筋群の筋力トレーニングを取り入れるなどで、修正・強化が図れると考えられます。

 

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・陸上短距離のパフォーマンスと腸腰筋の関係

 

・股関節屈曲トレーニングの重要性とその方法(腸腰筋と大腿直筋)

 

関連動画(マーカー走)

 

関連動画(股関節屈曲筋群トレーニング)

 

 

上半身を素早く切り返す筋力

上半身、特に腕振りを早いタイミングで切り返して遅れないように振るためには、腰や胸周りを捻じり戻す筋力、肩や肘を曲げ伸ばす筋力向上が必要です。

 

その筋力を高めるためには、全力で走って上半身を素早く切り返すような刺激を与えるだけでなく、ウエイトトレーニングなどを活用すると良いでしょう。

 

関連動画(プレートツイスト)

 

関連動画(ベンチプレス)

 

関連動画(ラットプルダウン)

 

 

足関節の硬いバネ的な筋力

真下付近で足を接地すると、必然的に足裏の前部分で着地することになります。いわゆるフォアフット接地というやつです。

 

しかし、ここで足首周りを「クッ」と、硬くできるだけの筋力が無ければ、接地でつぶれてしまい、アキレス腱のバネの力を上手く使うことができません。そうなってしまうと、いくら「真下接地」に向けてあらゆる工夫を凝らしたところで、接地が間延びしてしまい、形だけのものにものになってしまいます。

 

なので、この接地の瞬時にある程度ふくらはぎの筋肉を硬くして、アキレス腱のバネの力を引きだせるだけの筋力が必要になります。

 

そこで有効なトレーニングとして、不整地を地道にジョグをして、足首周りを補強するような刺激を与えたり、縄跳びのような短い接地のジャンプで、アキレス腱のバネを引き出すようなトレーニングが挙げられます。

 

 

関連記事

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・【陸上短距離】足首を固定するトレーニング

 

関連動画(アンクルホップ)

 

 

 

接地の一瞬でブレーキをかける筋力

身体に近い位置で接地をするということは、その分「ブレーキをかけられる時間が短くなる」ということです。必要以上に大きなブレーキは必要ありませんが、直立姿勢で走っている以上、身体のバランスを保つために、ある程度のブレーキをかけてあげる必要があります。となれば、「短時間、一瞬でブレーキをかける能力」が必要です。

 

この能力を高めるための手段として、全力で平地をスプリントすることはもちろん、下り坂を走ったり、バウンディングしたりするトレーニングが挙げられます。必然的に大きなブレーキを短い時間でかけることができなければ、下り坂を高速で走ったり、バウンディングしたりすることはできません。大きなブレーキを短い時間でかけられる脚づくりにどうでしょうか?(負荷が大きいため、怪我には注意しましょう)

 

 

関連動画(下り坂)

 

 

関連記事

・陸上短距離における下り坂トレーニングの効果

 

目的となる動作と、それを達成するための考え方が理にかなっていれば、トレーニングの幅は無限大です。

 

その目的としている動作というのは、今の自分のパフォーマンスを高めるために本当に必要なものなのか?それを達成するためにはどんなことが必要で、自分に足りていないのは何か?その足りていない要素を補うトレーニングはこれで十分か?・・・を徹底的に考えて、実行するのが大事だと思います。本記事がその一助となれば幸いです。

 

参考文献

・豊嶋陵司, & 桜井伸二. (2018). 短距離走の最大速度局面における遊脚キネティクスとピッチおよびストライドとの関係. 体育学研究, 17008.
・井上雄太. 短距離走における疾走速度と減速との関係―身体の起こし回転運動に着目して―. 平成24年度 修士論文 抄録 , 愛知教育大学保健体育講座研究紀要. 2012, 37, p. 70-72.
・福田厚治, & 伊藤章. (2004). 最高疾走速度と接地期の身体重心の水平速度の減速・加速: 接地による減速を減らすことで最高疾走速度は高められるか. 体育学研究, 49(1), 29-39.
・Giorgios P Paradisis, Athanassios Bissas, Panagiotis Pappas, Elias Zacharogiannis, Apostolos Theodorou & Olivier Girard (2019) Sprint mechanical differences at maximal running speed: Effects of performance level, Journal of Sports Sciences, 37:17, 2026-2036, DOI: 10.1080/02640414.2019.1616958
・遠藤俊典, 宮下憲, & 尾縣貢. (2008). 100 m 走後半の速度低下に対する下肢関節のキネティクス的要因の影響. 体育学研究, 53(2), 477-490.
・豊嶋陵司, & 桜井伸二. (2019). 短距離走の最大速度局面における滞空比と上肢および回復脚の相対鉛直加速力との関係. 体育学研究, 17126.

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